今の時代、いわゆる日本の大企業の製品をたくさん使っている人は多いです。

 

しかし、そんな大企業はじつは明治時代にたくさん設立されたことをご存知でしょうか?

 

今回は今の日本を支える大企業が設立していった『企業勃興(きぎょうぼっこう)』についてわかりやすく解説していきます。

 

企業勃興とは

 

 

企業勃興とは、明治時代の初めの1886年(明治19年)から1889年(明治22年)まで続いた企業の設立ブームのことです。

 

この頃日本を代表する大企業がどんどん設立されていき、日本の産業も発達していきました。

 

企業勃興前の日本

 

 

明治時代に入って明治政府は日本をどんどん近代化していこうと富国強兵殖産興業をスローガンに、日本は政府が中心にどんどん工場を建てていきました。

 

 

この頃、佐賀の乱西南戦争など士族の反乱が相次いで起こり、日本の政治は不安定でした。

 

しかし、西南戦争が終結して士族の反乱がなくなったことによりようやく産業が発展すると思いきや・・・松方正義というお偉いさんが士族の反乱の戦費を作るために、紙幣を作りすぎてしまいます。

 

これによってインフレーション(物の価値が高くなるこ)起こってしまいます。これを直そうとして紙幣を作らなくしました。

 

 

そのおかげで日本は紙幣がなくなっていって逆にデフレーション(物の価値が低くなるこ)になってしまいました。

 

デフレーションが起きたことによってお金の動きが悪くなってしまい、日本の景気は落ち込んでしまいます。

 

しかし、日本は紙幣の価値を金と同じにすることができる金本位制をついに導入してお金の価値を安定させることに成功しました。

 

 

企業勃興の要因。なんで起こったの?

 

 

 

日本が金本位制を導入したことによってお金の価値が安定しました。

 

お金の価値が安定することはつまり経済も安定していきます。

 

日本の経済が安定したのを見た銀行は『日本の経済が良くなっていくんだったら金利(お金を返すときに一緒につける手数料みたいなもの)を低くしても大丈夫だよね!』と金利をどんどん下げていきました。

 

金利が下がることによって企業を作りたかった人達はどんどんお金を借りてくるようになっていき、その借りたお金を使ってどんどん企業を作っていきました。

 

企業勃興によって建てられた企業たち

 

 

企業勃興によって建てられた企業は今でも有名な企業ばかり。

 

そこでその時期に設立した企業をジャンルごとに説明していきます。

 

①鉄道

企業勃興によって建てられた企業の中で一番多かったのが鉄道会社でした。

 

この頃日本は駕籠や馬に変わる新しい移動手段として鉄道の建設に力を入れていました。

 

そして日本鉄道(現在のJR東北本線・高崎線・常磐線)・関西鉄道(現在の大阪環状線・関西本線・紀勢本線・学研都市線)・山陽鉄道(現在のJR山陽本線)・九州鉄道(現在のJR鹿児島本線)・北海道炭礦鉄道(現在のJR函館本線)の明治五大私鉄と呼ばれる私鉄が開業していきました。

 

この明治五大私鉄は後に政府に買収されて日本国有鉄道(国鉄)となりました。

 

さらに今の大手私鉄と呼ばれる私鉄もこの頃に開業して日本の鉄道は発展していきました。

 

②軽工業 (生糸と綿糸)

殖産興業で設立された富岡製糸場を始め沢山の生糸・綿糸工場が建てられました。

 

その工場は政府から払い下げ(民間企業に売り渡す)されていきます。

 

そして渋沢栄一によって大阪に大阪紡績会社(現在の東洋紡)が設立されて日本はどんどん生糸や綿糸を作っていきます。

 

そして日本はこの時に輸出量が輸入量を大きく上回りついには世界最大の製糸大国になっていきました。

 

③鉱業

日本はよく資源がないと言われますが実は日本は石炭がよくとれました。

 

日本は石炭がよく取れる九州と北海道には沢山の炭田が設立されていき、後に海外に輸出する程大量に生産しました。

 

さらに日清戦争後には九州の筑豊炭田の近くに八幡製鉄所が作られて国内でも大量の石炭が使われるようになっていきました。

 

この石炭は日本の重工業の発展を支えることになっていきます。

 

企業勃興の立役者!渋沢栄一について

(渋沢 栄一 出典:Wikipedia

 

 

渋沢栄一は現在の埼玉県に生まれて江戸幕府に仕えている家臣でした。

 

明治時代になると500社以上のさまざまな企業の設立に携わり、日本資本主義社会の父とも呼ばれています。

 

渋沢栄一が携わった企業は東京証券取引所を始め、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)、東京海上保険・日本郵船・日本鉄道・東京地下鉄道(現在の東京メトロ)・東京石川島造船所・鐘淵紡績・札幌麦酒・東京瓦斯・大阪瓦斯・東京電燈・帝国ホテル・東洋紡績・日本製紙・王子製紙・太平洋セメント・清水建設など現在でも知られている大企業でした。

 

渋沢栄一はただ単にお金儲けをするだけではなく人々のためになるような事業を心がけていました。

 

そのため渋沢栄一は自らの手で財閥を作るのではなく、作った会社をすぐにほかの人に譲渡していました。

 

後に起こる関東大震災の時には渋沢は自分の家を解放して被災にあった人々に対して自ら炊き出しをするなど人々の援助をします。

 

このように人々のためになるような事業を起こした渋沢栄一によって日本の企業は成長していくことになっていくのです。

 

企業勃興の終結

 

 

日本は企業勃興によってさまざまな分野の企業が設立されましたが、その結果徐々にまたデフレーションになってしまいました。

 

日本は金本位制を導入して紙幣の価値を安定することができましたが、金の量が足らず、経済の発展に通貨の量が追いつかない事態が起こりました。

 

さらに企業が海外産のハイテク機械を導入するとなるとその分のお金が海外に流れてしまいます。

 

そしてそのせいで余計に日本での紙幣の量が減っていき、デフレーションが起こってしまいました。

 

デフレーションになって経済が不安定になることによって日本の景気は落ち込んでしまいます。

 

これによって日本の企業勃興ば終わりを迎えました。

 

まとめ

・企業勃興とは明治時代に起こった企業設立ブームのこと。

・企業勃興によって鉄道・製糸・鉱業などさまざまなな分野の企業が設立された。

・渋沢栄一は自ら500社以上の企業の設立に携わり、日本資本主義社会の父と呼ばれた。

・企業勃興によって逆に不景気になってしまい、企業勃興は終わりを迎えた。




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