なんかどうしようもない時やけな行動を起こすことがある人がよくいます。

 

幕末の頃も同じようなことを民衆もしていました。

 

今回は、民衆がやけを起こして日本全国が大混乱となった『ええじゃないか』や幕末の頃に多発した『世直し一揆』についてわかりやすく解説していきます。

 

世直し一揆とは

(打ちこわし運動の様子)

 

 

世直し一揆とは、江戸時代末期に多発した打ちこわし運動のことです。

 

この一揆の背景にはペリー来航によって開港したことが深く関係していました。

 

なぜ世直し一揆が起きたのか?

 

 

世直し一揆が起こった理由としてこの時期に起こったある出来事のせいでした。

 

ここでは世直し一揆が起こるようになった二つの理由を見てみましょう。

 

①開港による大量輸出

1853年浦賀にペリーが来航して翌年には日米和親条約を締結して長年にわたる鎖国体制は終わりを迎えました。

 

鎖国が終わり外国との貿易が始まると、日本でよく作られていた生糸やお茶などが大量に輸出されるようになっていきます。

 

さらに追い打ちをかけるかのように1858年安政の五カ国条約を結び日本は関税自主権がない状態となってしまいます。

 

 

関税自主権とは外国の品物が自国に輸入するときにかける税金の税率を自国が決める権利のことです。

 

関税はただ単に税を取るだけではなく、外国の品物を入れないことによって自国の品物が売れるようにする役目もあるのです。

 

しかし、日本が関税を自分でかけれなくなると外国の品物がじゃんじゃか入ってくるようになり日本が作った品物が売れなくなってしまいます。

 

このことが重なって物価は上昇。しかも財政の大赤字による課税によって人々の生活が苦しくなってしまいます。

 

②戦争による米価の急上昇

幕末に入ると日本では禁門の変長州征伐によって国内情勢はめちゃくちゃ不安定となってしまいます。

 

 

まず兵の食料としてお米が必要です。腹が減っては戦はできぬと言いますから仕方がありません。

 

しかし、このような戦争が立て続けに起こると藩や幕府は戦争に備えてお米を買い占めて蓄えておくようになります。

 

お米を買い占めることによって街中にあるお米の量が少なくなってしまいます。お米の量が少なくなると自動的にお米の価格が急上昇します。

 

例えば、昨日は一斗(15キロ)が6000円ぐらいで買えてたものが今日になっていきなり20000円になっていたら皆さん驚きますよね?

 

こんなことが幕末では起こっていました。

 

世直し一揆の代表例『武州一揆』

 

 

武蔵国(埼玉・東京・神奈川の一部)では、何十万人にも及ぶ大規模世直し一揆である武州一揆が起こりました。

 

武州一揆によって200カ所以上の村役場やお金持ちの商人の家を打ち壊され、さらには生活が苦しくなった原因である外国人の襲撃も計画されました。

 

最終的にはこの一揆は幕府によって鎮圧されることになりますが、同じ時期に問題となっていた尊王攘夷運動も相まって外国人襲撃などの事件が多発するようになり、幕府はその対応に追われるようになります。

 

世直し一揆と打ちこわしとの違い

 

 

江戸時代末期には世直し一揆と同じく民衆の不満が爆発して起きた打ちこわしがありました。

 

世直し一揆も打ちこわしも同じ一揆ですが、それぞれ目的が違い、打ちこわしは飢饉や冷害による米不足や商人の不正によって起こった米価の急上昇した時にその不正をした商人を襲う一揆のことを言います。

 

その時、商人の米倉を壊すことから打ちこわしと呼ばれています。

 

一方で世直し一揆は幕府の不満によって起こった一揆です。

 

世の中を良い方向に直したいという意味から世直し一揆と呼ばれています。

 

このように世直し一揆と打ちこわしの違いは不満の対象が商人か幕府かの違いでした。

 

 

ええじゃないかとは

(騒動に興じる人々。 出典:Wikipedia

 

 

ええじゃないかとは1867年の秋から冬にかけて全国的にブームとなったとりあえず暴れていた事件ことです。

 

『とりあえず暴れていた事件ってどういうことなの?』ってなると思いますが、本当にええじゃないかはただ単に全国的で暴れていた事件だったのです。

 

とある日のこと。人々は『伊勢神宮から御札が降ってくるぞ!』と噂をし始めました。

 

その結果人々はええじゃないかと歌い始め狂ったように踊り始めます。

 

天照大神が住んでいる神宮から札が降ってくるのはおめでたいことですからね。

 

それが伊勢を始め名古屋、東海地方、そして全国に広まって一大ブームとなりました。

 

このええじゃないかは、本当に何をやっても許されるような雰囲気で人々はええじゃないかと言いながら米屋を襲撃して米を奪い取ったり、酒屋を襲撃して昼間から酒を呑み始めたり、挙げ句の果てには両替商(今の銀行)を襲って金を強奪するなどめちゃくちゃな暴動に発展してしまいます。

 

理由はただ単に戦争や政治に疲れた民衆たちがやけを起こしてやり始めたものですが、それにしたって酷いようなものです。

 

一方で、ええじゃないかは長州藩などの倒幕勢力が国内を大混乱させて幕府を混乱させるために引き起こした作戦だったという噂もありますが、真相は定かではありません。

 

もしええじゃないかの状況がわかりづらかったらよくワールドカップやオリンピックなどで渋谷駅付近にあるスクランブル交差点でどんちゃん騒ぎをしている人たちを見てください。ええじゃないかはあれをさらにひどくしたものです。

 

世直し一揆やええじゃないかの影響

(第2代駐日英国大使 ハリー・パーク 出典:Wikipedia

 

 

世直し一揆は一時はイギリスのパークス大使は外国のお米を輸入してなんとかしようと提案します。

 

最初は幕府も抵抗していましたが、最終的には87万俵の外国のお米を輸入してお米の価格を下げることに成功しました。

 

その結果世直し一揆は減少してなんとかことなきを得ました。

 

しかし、民衆の生活は良くなることはあまりなく、民衆の一揆は明治時代に入って激化事件血税一揆などに変わっていくことになるのです。

 

まとめ

・世直し一揆は幕末に起きた大規模な打ちこわし運動のこと。

・ええじゃないかは1867年に起きた民衆が暴れまわった暴動のこと。

・世直し一揆は開国による物価や戦争による米価の上昇などが原因となった。

・打ちこわしと世直し一揆にはターゲットが米商人か幕府という違いがあった。




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