明治になると外交が盛んになり条約や協定など多くなってきます。

 

そのひとつであるポーツマス条約についてわかりやすく解説していきす。

 

条約の内容だけではなく前後の流れもつかんで併せて覚えておきましょう。

 

ポーツマス条約とは

(ポーツマス会議の様子 出典:Wikipedia

 

 

1905年(明治38年)、アメリカのポーツマスという場所で条約を調印したためポーツマス条約と言われています。

 

日本とロシアとの間の講和条約。日露講和条約とも呼ばれています。

 

日露戦争で日本が勝ったため、日本に有利な条件で条約を結んだというものです。

 

日本は外務大臣の小村寿太郎、ロシアはセルゲイ・Y・ウィッテが条約の調印をしたのです。

 

(日本の興和団 全権小村寿太郎は前列右 前列左は高平小五郎)

 

 

ポイントとしては日本とロシアの条約なのにアメリカという場所が選ばれたということです。(のちほど詳しく解説します)

 

ポーツマス条約の内容【6項目】

(ポーツマス条約の正文 出典:Wikipedia

 

 

ポーツマス条約の内容は主に以下の6項目になります。

ポーツマス条約の内容

① 日本の朝鮮半島における優越権をロシアは認める

② 日本、ロシアの両国の軍隊は鉄道警備隊を除いて満州から撤退する

③ ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本に譲渡する

④ ロシアは東清鉄道の内、旅順から長春間の南満州支線と付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。租借権とは一定期間他国にその土地を貸してあげること。

⑤  関東州の租借権の譲渡

⑥ ロシア沿岸の漁業権を日本人に与える

 

このようにして条約の内容をみていくと日本に絶対的に有利な内容ということがわかりますよね。それは日露戦争に勝利した日本の特権であることがわかります。

 

ポーツマス条約の賠償金は『ゼロ』

 

 

日本が戦争に勝ったから一方的に日本の都合のよい条件での条約をロシアは全て承諾しなくてはならないということはありません。

 

ロシアにも無理なものは無理と言える権利は持っています。

 

日本は上記で述べた領土や権利を主張しました。

 

それに加えて、ロシアに賠償金を払え!と当初言っていたのですが、ロシアも言われっぱなしでは国が崩壊してしまうので、断固として戦争賠償金は払いません!と日本側に主張していたのです。

 

ロシアは戦力や兵器においては大変優秀な国なので、一旦戦争には負けた形になっているけどまだまだ戦争を続けてもいいんだよ、と日本にいってきたのです。

 

日本はこれ以上戦争が続くと小さな島国なので負けてしまうことがわかっていました。

 

そのため、戦争を続けることは不可能だからロシアの【賠償金を払わない】という主張を認めてあげようという流れになったのです。

 

ポーツマス条約は戦争賠償金なしの条約と言い換えることもできます。

 

賠償金がゼロ。国民の不満が暴動へ

(1905年9月、東京の日比谷公園でひらかれた講和条約反対の決起集会)

 

 

ただこの賠償金、もらえなくても領土の譲渡や租借権があるからいいのではないか、と思いますがそうではないのです。

 

賠償金がもらえないということは国が豊かにならない、戦争にかっても国民一人当たりの生活が豊かにならないから暴動が起きたりします。

 

日露戦争のために膨大な国のお金を使い、戦争に勝っても国にはお金が残っていません。

 

戦争中は武器や兵士への物資などにお金が使われるため一時期的に増税があったりしました。国民は必然的に貧しい生活になってしまうわけです。

 

実際に、戦争中の増税により貧困生活を強いられてきた国民によって日比谷焼討事件などの暴動が起こってしまったのです。

 

そのため、日本はどうしても賠償金をロシアに払ってもらいたかったのです。しかし、払えー!と強く言うとロシアは払いたくありませんので、また戦争が起きてしまう可能性があります。

 

国の情勢をみて小村寿太郎は賠償金なしをやむを得ず承諾しました

 

なぜアメリカのポーツマスで会議が開かれたのか?

(第26代大統領セオドア・ルーズベルト)

 

 

日露の条約なのにどうしてアメリカで会議が行われ、条約の名前にもなったかというと、当時アメリカは日本とロシアのどちらの味方でもなく中立の立場にいました。

 

アメリカの大統領はルーズベルトです。

 

中立といっても日本が強豪国アメリカを敵にするとかなわないことはよくわかっていましたから日本としてはアメリカに味方になってほしい、友好的な関係でいてほしいわけです。

 

そこで、日本の小村寿太郎は考えます。アメリカに中立の立場にいてくれよとお願いするのです。

 

中立の友誼的斡旋をルーズベルト大統領にお願いしたのです。友誼的斡旋というのは親友としての立場にいてねということですね。そして日本はアメリカにお願いします。

 

するとアメリカは日露戦争の開戦の当初から【我が国は日本を支持するぞ!】とロシアに警告したのです。

 

そして、【日本はアメリカのために戦っているんだ!】と公言までしているのです。

 

ただルーズベルト大統領は口だけではなく、きちんと日本を支援してくれていたのです。例えば日本がロシアから領土の権利などをもらえるように日本を助けてくれていました。

 

しかしながら、アメリカもただのいい国ではありません。裏では日本を使ってより国を強くしようという思惑もあったのです。

 

ポーツマスは軍港である、別荘が立ち並ぶ避暑地、警備が容易という条件がそろったため調印の場所に選ばれたと言われています。

 

わかりやすく言ってしまえば、ギブアンドテイクの関係とも言えますよね。

 

アメリカはアジアでアメリカよりも強い国がでてきてしまうと自国が飲み込まれてしまうので困る。そのため日露戦争で勝利した日本をいいようにしてあげれば日本はこれから言うことを聞く、日本はアメリカの中立的な助言やさまざまな支援が必要でした。

 

日本もアメリカに逆らってはいけないということが当時からよくわかっていたのです。

 

ポーツマス条約の覚え方!語呂合わせ

 

遠く(19)で、おこな(05)うポーツマス条約!

 

『遠くでおこなうポーツマス条約!』と覚えましょう。

 

まとめ

・ポーツマス条約とは、日露戦争後に日本とロシアで結んだ条約。

・ポーツマスとはアメリカの都市の名前。

・日本は勝利したのにロシアから賠償金をもらえなかった。

・条約を調印したのは小村寿太郎とセルゲイ・Y・ウィッテ。

・条約の内容は6つ

① 日本の朝鮮半島における優越権

② 日露両国は満州から撤退

③ 樺太の北緯50度以南の領土を日本へ譲渡

④ 東清鉄道の旅順―長春の支線と炭鉱の租借権の譲渡

⑤ 関東州の租借権の譲渡

⑥ ロシア沿岸の漁業権を日本人に与える




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