日本という国ができ、政治経済の制度が確立されていく大正、明治時代において試験でも頻出となっている『治安維持法』

 

今回はこの治安維持法について、わかりやすく簡単に解説していきます。

 

現在の日本国憲法にも治安維持法があり、この現行の内容と制定された当初との相違についても説明していきたいと思います。

 

治安維持法とは?

(第24代 加藤高明内閣総理大臣 出典:Wikipedia

 

 

治安維持法は、皇室私有財産制を否定する運動を取り締まることを目的として制定された法律です

 

一番最初の法律は1925年(大正14年)に制定されました。

 

時の内閣は、加藤高明(かとうたかあき)内閣。これもよく問題として問われるのでおさえておきましょう。

 

1925年(大正14年)がどのような時代だったかを把握すれば、この法律ができた背景もわかります。

 

治安維持法の目的

 

当時は、あらゆるカテゴリーにおいて人々が自由を求めた時代です。

 

例えば、思想の自由、労働の自由、発言の自由などです。

 

そういった自由を人々が求め始めるとどうなるか、同じ考え方や同じものを求める人々が結束しますよね。それが過激化すると暴動などに発展します。

 

治安維持法は、それらを取り締まるために制定されたといっても過言ではありません。

 

また、世界的に社会主義運動がさかんになっていたため、その影響を日本も受けてしまうのでは?と心配されたためでもあります。

 

上で述べたことを考えると、この法律の名前に納得がいくと思います。

 

治安(暴動や騒動がない状態の平和な状態)を維持していく(暴動などが起こったときに取り締まる)法律 という意味ですね。

 

皇室や私有財産制を否定するような運動を取り締まることを目的とした日本の法律と冒頭にご紹介しましたが、これはいわゆる社会主義的な考え方を指します。

 

生まれながらにして金持ちはいない!世の中みんな平等だ!という考え方を社会主義の考え方を持った人々を取り締まるという目的の法律です。

 

治安維持法が制定された年月日

 

 

制度や法律の制定日を覚えるときに注意したいことが、制定をした日、公布がされた日、施行された日と3つあることを理解しましょう。

 

Check!!

✔ 制定とは・・その制度や法律が内容などが協議され、この内容でいくぞ!と確定された日

✔ 公布とは・・制定された制度や法律を世の中に、「こんな制度や法律ができあがったから○日からスタートするから覚えておいてねー、準備しておいてねー」という日

✔ 施行とは・・実際にその制度や法律がスタートした日

という3つにわけることができます。

 

テストや試験で注意したいのは、どの日を指しているかということに注意しましょう。

 

治安維持法

・1925年(大正14年)、1~3月にかけて治安維持法の制定が推進され政府により協議。

・1925年4月22日に公布。

・1925年5月12日施行。

 

治安維持法と普通選挙法との関係

 

1925年、同じ年に制定されたものと言えばこの治安維持法と普通選挙法があります。

 

この二つはよくセットで出題されますので覚えておきましょう。

 

どうして二つがほぼ同時期に制定されたかとを説明していきます。

 

制度の名前や年号だけではなく背景や制度が定められた意味を理解することでより覚えやすくなります。

 

治安維持法の背景

自由や求められ、国民も税金を払うだけではなくその見返りとして政治に参加するべきだ!

 

ということで普通選挙法によって間接的ではありますが国民が政治に関与できるようになりました。

 

国を動かす人を自分たちに手によって選んでいくというものですね。

 

この普通選挙が行われるようになるとどうなるか、考えてみましょう。

 

同じ思想や考え方の人々だけではなく、全く別の意見をもった人々の選挙戦になります。

 

これは現代でもそうですよね。選挙になるとその立候補者が当選をしたらどんなことをやるのか、何をモットーにして政治を行うのか、各人で異なるのはご理解いただけると思います。

 

そうなると、団結して暴動や騒動が起きやすくなります

 

選挙に当選して国を変えていきたい気持ちは皆さん同じですから、何としてでも当選を勝ち取ろうとします。

 

それが過激になっていくと暴動に発展。そのためこの治安維持法ができて、そのような暴動や騒動を制御することになるのです。

 

治安維持法の内容は2度の変更があった

大まかな内容としては暴動や騒動を阻止することということは理解できたと思いますが、具体的にどのような内容なのかをみていくことにしましょう。

 

1925年に施行されましたが、その後1928年、1941年に内容が変更されました。

 

①1928年の変更点

有罪となった人に対する罰則を重くしました。

 

1925年の施行当初は、懲役か禁固刑でしたが、1928年の変更では最も重い罰則を【死刑】としたのです。

 

また、危険な団体(ここで言う危険とは社会主義的思想をもった団体という意味が強いです)を作ったり加入していなくてもそのような団体の目的を果たすため、何らかの行為を行った人も罰するということになりました。

 

②1941年の変更点

さらに禁止される内容が具体的に明記されるようになります。

 

革命を起こしたり財産の個人所有を否定することを目的とした団体を支援したり・・・

(生まれながらの金持ちはだめだ!世の中みんな平等だ!という社会主義的な発想ですね)

 

そのような団体を作る準備をするための団体をつくることを禁止するという内容が盛り込まれました。

 

また、取り締まる側が法律にあるような行為を準備していると判断した場合には、準備しているとみなされた人経ちを逮捕できるような内容となりました。

 

変更されるたびに社会主義的な行動や行為を取り締まる範囲が厳しくなったと言えます。

 

わかりやすく噛み砕いて説明してみましょう。

 

産まれながらの金持ちなんていない!みんな世の中平等だ!一人の人が多くの財産を持つのは不平等だ!と今では考えられない思想の人々がいたのです。世界的にも社会主義の動きがあった時代でした。

 

そのため、民主主義の日本はこれらの社会主義の運動を過激化させないためにも取り締まりを厳しくするのです。

 

社会主義的な考え方の人たちを集めて団体を作ろう!という動きを見せただけでもつかまってしまいます。

 

実際に団体を作ろうと行動をしてなくてもそのような行為をみなされればつかまってしまいました。

 

治安維持法の結果

治安維持法ができたことによって、社会主義者、共産主義者、無政府主義者、をはじめ当時の政府に少しでも批判をしたら治安当局に逮捕されてしまうような事態となってしまったのです。

 

厳密には定かではありませんが、治安維持法が原因で逮捕された人は6~7万人くらいともいわれていますが、数十万人が逮捕されたと指摘もあるようです。

 

治安維持法の廃止

治安維持法は、第二次世界大戦、いわゆる戦後のGHQによるポツダム宣言で廃止されました。

 

現在の日本国憲法では廃止されています。

 

 

まとめ

 治安維持法とは日本国内において社会主義的な運動や活動、暴動や騒動を起こさせないための制度のこと。

 1925年に普通選挙法の施行と同じくして施行された。

 施行されたときの内閣は、加藤高明内閣。

 2回内容が変更されているが、年を追うごとに取り締まり内容が厳しくなっていった。

 治安維持法はポツダム宣言後に廃止。現在の日本国憲法では廃止されている。

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