明治時代の貨幣制度はものすごくややこしいです。

 

なぜなら慣れない難しそうな用語が並び、さらに貨幣制度に関する法律も多く感じてしまうからです。

 

でも明治時代の貨幣制度はとりあえず新貨条例国立銀行条例貨幣法を押さえておけばなんとかなります。

 

今回はその1つである新貨条例についてわかりやすく解説していきます。

 

新貨条例とは?

 

 

 

新貨条例は1871年(明治4年)に公布され統一した貨幣制度を確立するために施行されました。

 

この制度には、4つほど要点があります。

 

要点4つ

 

① 貨幣状況の混乱を収め金本位制を確立することが目的。

 

② 1円金貨を新たに作り円・銭・厘の10進法を採用。

 

③ 不換紙幣の新紙幣を発行。

 

④ はじめは金銀複本位制で後に銀本位制に移行。

 

 

以上の4つの要点を頭の隅に置いておきましょう。

 

ここからは新貨条例の経過について詳しく解説していきます。

 

新貨条例の目的

 

新貨条例の目的はおおまかに3つあります。

 

①貨幣状況の混乱

新貨条例が施行される前、日本には様々な通貨が流通していました。

 

戊辰戦争が終わり明治政府によって一応は日本も統一されましたが、通貨に関しては江戸時代のままです。

 

江戸時代は金貨・銀貨・銭貨のほかに、各藩が出していた藩札が流通していました。

 

しかも、戊辰戦争の際に明治政府も資金調達のために太政官札と民部省札(いずれも不換紙幣)を発行していました。

 

そのため、戊辰戦争が終わって明治国家が建設された直後の日本では、江戸幕府の定めた貨幣・藩札・明治政府の発行したお金といった、多種多様な通貨が流通していたのです。

 

さらに江戸時代の発行していた貨幣は質が悪く、同じ額面でも価値が違っていたともいわれています。

 

このような貨幣状況ですと、取引の際に混乱が生じてしまいます

例えば

大阪で使えていたお金が北海道では使えないとか、一週間後には持っている貨幣の価値が変動しているといった状況があった。

そうすれば何種類もあるお金を取引の際にわざわざ両替しなくてはならない。

そのために流通が滞る。

流通が滞れば経済活動が停滞する。

 

このように取引の際に混乱を起こし、日本の経済活動にも悪影響を出してしまうのです。

 

そのため貨幣状況の混乱は収めなければならない状態でした。

 

②金本位制の必要性

当時の明治政府には金本位制でないといけない状況がありました。

 

それは貿易上の理由です。

 

当時、欧米諸国が金本位制のもとで経済活動を行っており、欧米諸国と並んで列強の仲間入りを果たそうとするには、金本位制を導入しなければならなかったのです。

 

金本位制とは

金本位制とは、正貨を金貨とする通貨体制のこと

つまり紙幣の価値が金貨によって裏付けられる制度です。(簡単に言うと1万円札を持っていけば、1万円分の金と国が交換してくれる通貨体制)

価値が変動しにくい金によってお金の価値を定め信用性を持たせる仕組みです。

 

だから、金と交換することのできない紙幣は金本位制の国からすれば信用できません。

 

金と交換できるなら金と交換して本国に持って帰れる。でも、金と交換できない紙幣を持っていてもそれはその国に住まなければただの紙切れです。

 

金本位制の仕組み上、日本は貿易を欧米諸国と積極的に行うため金本位制を導入しなければならなかったのです

 

③不換紙幣の流通

さきほども述べた通り、明治政府は戊辰戦争で戦費を調達するため、不換紙幣を発行しました。

 

不換紙幣は金と交換できない紙幣で政府の信用によって成り立ちます。

 

しかし、当時の明治政府はもともと成立したばかりの国家ということもあって信用がありませんし、政府が乱発してしまったために価値も下がっていました。

 

政府を支援しようと思って太政官札や民部省札を貰ったのにさすがに価値が下落しては困る。こうした声が上がりました。

 

そこで政府は発行しすぎた不換紙幣を回収しなければならなくなったのです。

 

 

新貨条例の施行

(明治4年の1円金貨 出典:Wikipedia

 

 

先ほど述べた目的を果たすために新貨条例は施行されました。

 

まず統一した貨幣制度を導入し、全国で円・銭・厘を単位とする通貨体制を整えます。

 

そして金本位制に向け、1円金貨を発行します。1円金貨を軸にした貨幣制度なので金本位制です。

 

また不換紙幣を回収するために一度同じく不換紙幣ですが、明治通宝札を発行しました。

 

これは太政官札と民部省札が「両」を単位とするものだったので、「円」を単位とする新通貨制度に合わせるためです。

 

そして後に施行する予定だった国立銀行条例で明治通宝札を回収し、兌換紙幣である国立銀行券に置き換えていく計画でした。

 

ちなみに金本位制にしようとしたのは、世界情勢に詳しい伊藤博文が欧米諸国は金本位制が主流だという主張をしたからです。

 

新貨条例の施行には伊藤博文も関わっていました。

 

金銀複本位制について

新貨条例の施行後しばらくは金銀複本位制でした。

金銀複本位制とは金とも交換でき、銀とも交換できるという制度です。

なぜ金に統一しなかったのか?これは当時の世界情勢に原因があります。

欧米諸国は金本位制でしたが、当時の日本の主要な貿易相手国である中国をはじめとするアジア諸国は銀本位制を採用している国が多くありました。

そこで、銀本位制を採用している国ともスムーズに貿易するために銀も正貨として認めたのです。

表面上は金本位制でしたが銀も正貨として使えたということで実際は金銀複本位制でした。

(1円銀貨 出典:Wikipedia

 

新貨条例の影響

(1885年兌換銀券一円券 出典:Wikipedia

①金銀複本位制は銀本位制へ

新貨条例は確かに金本位制の確立に成功し、統一した貨幣制度をもたらすことに成功しました。

 

しかし、明治政府は国立銀行条例によって兌換紙幣を発行する予定でしたが、民間銀行である国立銀行に兌換紙幣を発行できるほどの資金力がなかったため計画は頓挫しています。

 

 

のちに国立銀行による兌換紙幣の発行をあきらめ、新たに中央銀行である日本銀行を設立し、日本銀行が兌換紙幣を発行するようになります。

 

最初は銀貨との兌換を進めたのでこの時点で金銀複本位制は銀本位制になりました。

 

②日清戦争の賠償金から金本位制へ

その後日清戦争で勝利を収めた日本は大量の賠償金を得ることに成功し、それを元手に金貨を集積し金との兌換を進めます。

 

 

この時点でようやく金本位制へと移行しました。

 

日本は金銀複本位制→銀本位制→金本位制と紆余曲折しながら、金本位制を確立していきました。

 

不換紙幣である明治通宝札の話は少しマニアックなので余裕がない方は、金本位制の確立と統一的貨幣制度の導入というところを覚えておきましょう!

 

まとめ

 明治政府の設立直後は貨幣制度が非常に混乱していた。

 欧米諸国では金本位制が主流。

 貨幣状況の混乱を収め金本位制を確立することが目的。

 1円金貨を新たに作り円・銭・厘の10進法を全国的に採用。

 不換紙幣の新紙幣、明治通宝札を発行し円へ統一させていく。

 実際は金銀複本位制。

 金銀複本位制→銀本位制→金本位制の順で移行。




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