2020年のNHK大河ドラマを彩るのは「麒麟がくる」です。

 

大河ドラマ「麒麟がくる」は、明智光秀の謎めいた前半生に焦点が当てられた大河ドラマになっています。

 

 

そして、明智光秀を取り巻く人間の中には、「深芳野(みよしの)」という女性がいます。

 

彼女は一体どのような人物なのか?光秀とはどのような関係性なのか?その人物像や逸話などについても触れながら、深芳野についてわかりやすく解説します。

 

深芳野の生涯

 

では、深芳野はどのような生涯を送ったのでしょうか?

 

深芳野は女性ですし、美濃斎藤家が織田信長によって滅ぼされてしまったため、あまり深く記載された史料はありません。

 

また、史料の信ぴょう性についても不確かな部分があります。

 

現在、判明している範囲の中で深芳野の生涯についてご紹介します。

 

深芳野の生涯年表

 

  • 生没年齢不明
  • 1526年以前 土岐頼芸の愛妾になる
  • 1526年 長井規秀(のちの斎藤道三)の側室になる
  • 1527年 豊太郎(のちの斎藤義龍)を生む
  • 1542年 土岐頼芸を追放し、斎藤道三が美濃の戦国大名になる
  • 1554年 斎藤義龍が道三の隠居により家督を継ぐ
  • 1556年 夫の斎藤道三と息子の斎藤義龍がバトル(長良川の戦い)

 

深芳野は、斎藤義龍を生んだ後から歴史の表舞台に出てこなくなります。

 

しかし、彼女も若いですからそれ以降も数十年と生きていたとすると、夫と息子の長良川の戦いの渦中にもいたことでしょう。

 

夫が変わり、子どもが夫を殺めるという波乱な生涯となります。

 

深芳野の人生はどんなものだったのかを詳しくひも解いてみましょう。

 

深芳野の人物像と生涯

 

深芳野は、1516年ごろに稲葉通則もしくは一色左京大夫義清の娘として生まれました。

 

62寸(約187cm)と女性としては長身で美濃一の美人だといわれています。

 

そのため、美濃守護の土岐頼芸からも寵愛を受け、愛妾(あいしょう)になりました。その後、道三の側室となります。

(※愛妾(あいしょう)・・・気に入りのめかけのこと)

 

明智光秀との繋がりは、光秀の叔母にあたる「小見の方」が斎藤道三の正室になっています。

 

その娘である「帰蝶」は織田信長の妻として知られており、その繋がりで光秀は信長の家臣になることもできます。

 

このように深芳野と明智光秀を結ぶ接点は、夫である斎藤道三や夫の正室の小見の方にあります。

 

①夫はマムシと呼ばれた斎藤道三(さいとうどうさん)

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(斎藤道三 出典:Wikipedia)

 

斎藤道三は、1526年に当時長井規秀という名の頃に、美濃守護であった土岐頼芸から下賜され深芳野を側室としました。

 

斎藤道三といえば、「美濃のマムシ」と呼ばれています。その所以は、「油売りから身を立てた道三が美濃の国を乗っ取ったこと」にあります。

 

現在では、この国盗りは道三の父と道三の親子2代にわたる説が有力ですが、この一説のため美濃のマムシと呼ばれています。

 

斎藤道三は、家督争いのさいに本来の主家であった美濃守護の土岐頼武ではなく、土岐頼芸の武将として功を重ねて行きました。

 

そして、頼武の死後に跡目を継いだ甥の頼純に敵対していました。

 

しかし、六角氏や朝倉氏と同盟を結び守護の座を脅かす勢力となった頼純に危機感を覚え、深芳野や斎藤義龍を伊勢の地に避難させていたといわれています。

 

1546年に頼純と和議を結び、1552年には頼芸を美濃から追放。その後、頼純は急死しました。道三は国盗りを成し遂げたのです。

 

また、軍略家として才覚があった道三でしたが、守護大名としてはイマイチだったようで、この後、息子と戦ったさいには道三に不満を持っていたものたちによって破れてしまいます。

 

②深芳野の子ども斎藤義龍(さいとうよしたつ)

(斎藤義龍 出典:Wikipedia)

 

1527年深芳野と斎藤道三の間に長男斎藤義龍が生まれました。

 

土岐頼芸から斎藤道三に深芳野が下賜されてからわずか1年あまりに生まれているため、周囲からは「頼芸の子ではないか?」という疑惑も生まれていました。

 

この後、父と子が対戦することになった長良川の戦いがあったときの一説には、「実子ではないかもしれないという出生の秘密が原因なのではないか」といわれています。

 

道三は、他の子どもたちは溺愛していたものの長男の義龍だけには厳しく接していたので親子の確執があったという話も残っています。

 

大きく成長した義龍は、深芳野の血を色濃く受け、2m近い身長65寸(約197cm)もある恰幅の良い大男だったといわれています。

 

③夫VS息子!長良川の戦い

鵜飼大橋 2.jpg

(現在の長良川 出典:Wikipedia

 

1556年には長良川の戦いがありました。

 

この戦いは、なんと深芳野にとっては夫の斎藤道三と息子の斎藤義龍との戦です。

 

前年の冬に義龍は弟たちを自分の城である稲葉山城に呼び出し、泥酔した彼らを殺害しました。

 

その報せを聞いた道三は別の城へ移り、春を待って開戦となります。

 

マムシと呼ばれた道三ではありましたが、義龍軍17,500対道三軍2,700と圧倒的な兵力の差には敵わず義龍の圧勝となりました。

 

当時に深芳野がどのようにしていたかという記述はありませんが、夫と息子との板挟みに合い、いたたまれない心境ではあったでしょう。

 

また、彼女の悲しみは計り知れません。

 

大河ドラマ「麒麟がくる」で深芳野は誰が演じるのか?

大河ドラマ「麒麟がくる」で深芳野を演じるのは、女優の南果歩さんです。

 

 

1964120日生まれで東京の桐棚学園演劇科に進学した南果歩さんは、1984年の映画「加耶子のために」のヒロインで女優デビューをしました。

 

2004年映画「お父さんのバックドロップ」では高崎映画祭の最優秀助演女優賞にも選ばれています。

 

そして、近年は2019年映画「21世紀の女の子」や2019年テレビドラマ「刑事ゼロ」にも出演しています。

 

南果歩さんといえば、あの俳優の渡辺謙さんの元奥さんです。ですから、妻として夫を支える役はお手の物でしょう。

 

また、南果歩さんは2度結婚を経験していることからも、土岐頼芸と斎藤道三の二人の男性に嫁いだ深芳野の人物像とリンクする部分もあるのではないでしょうか。

 

そして、南果歩さんは1999年「元禄繚乱」の大石内蔵助の愛妾から大河ドラマ出演が実に21年ぶりの抜擢になります。このときも「愛妾役」だったんですね。

 

今まで深芳野を演じてきた女優は、NHK大河ドラマ「国盗り物語」では三田佳子さん。

 

テレビ朝日新春大型5時間時代劇スペシャル「戦国乱世の暴れん坊 斎藤道三 怒涛の天下取り」では、秋吉久美子さん。そして、新春ワイド時代劇の「国盗り物語」では鈴木杏樹さんでした。

 

今回のNHK大河ドラマでは、どんな深芳野を観ることができるでしょうか?南果歩さんの迫真の演技が楽しみですね。

 

まとめ

まとめ

 

 深芳野の生没年齢は不詳。

 

 深芳野は高身長で美濃一の美人だった。

 

 深芳野は最初は美濃守護の土岐頼芸の愛妾だったが、その後斎藤道三(当時長井規秀)の側室になる。

 

 深芳野が道三の側室になる頃には、すでに身ごもっていたといわれている。

 

 斎藤義龍(当時豊太郎)を生む。

 

 夫の斎藤道三と息子の斎藤義龍が長良川の戦いを起こし、義龍が圧勝する。