国家間の貿易で外国からの輸入品に課される関税は、近代以降の国際社会の歴史を左右してきました。

 

今回は、そうした関税の一種である『協定関税』について、簡単にわかりやすく解説していきます。

 

協定関税とは?

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関税とは、国家間の貿易において、輸入品が国境を通過する際に、輸入国がその輸入品に課す税のことです。

 

国内産業の保護財政収入の確保を目的に課されます。

 

関税には、国内法によって定められる国定関税と、外国との条約によって定められる協定関税があり、国定関税の税率を国定税率、協定関税の税率を協定税率と呼びます。

 

現在、日本の協定税率はWTO(世界貿易機関)協定にもとづいて定められています。

 

そのため、この税率はWTO譲許税率とも呼ばれています。

 

そもそも関税とは?

①関税の仕組み

関税とは、国内産業の保護や財政収入の確保を目的に、外国からの輸入品に課す税のことです。

 

通常は輸入品が国境を通過する際に、輸入国が課税します。日本の場合、貨物を輸入する者に納税義務があるとされます。

 

関税が国内産業の保護にとって重要なのは、安価な輸入品が大量に流入するのを防ぐ手段として使われるからです。

 

例えば、国内で国産車が100万円で販売されている国に、同等の性能をもった80万円の輸入車が流入すると、消費者は国産車の代わりに輸入車を買うようになり、国産車は売れなくなります。

 

その結果、国内の自動車産業が衰退してしまいます。

 

しかし、その国が80万円の輸入車に25%の関税をかけると、国内で販売する時の輸入車の価格は100万円となり、消費者が一気に輸入車に流れるのを防ぐことができます。

 

こうして国産車の需要を保ち、国内の自動車産業を保護することができるのです。

 

②関税率の決め方

こうした関税は、税率の決め方によって、2つに大別されます。

 

国内法によって税率が定められる場合、国定関税と言われ、その税率は国定税率と呼ばれます。

 

他方、外国との条約によって税率が定められる場合、協定関税と言われ、その税率は協定税率と呼ばれます。

 

日本は日本国憲法第84条で租税法律主義を掲げ、税の種類、納税者、税率などは、法律で定めなければならないとしています。

 

そのため、関税についても国会の議決を経た法律か、国会の承認を経た条約によってしか決めることができません。

 

③関税自主権との関係

明治から大正にかけての日本の協定関税では、「関税自主権がない」ということが最大の問題でした。

 

関税自主権とは、簡単に言えば、独立国が主権にもとづいて自ら関税率を決定する権利のことです。

 

ですが、これはただ単に好き勝手に関税率を定めることではありません。

 

協定関税がある場合、関税率は相手国との条約にもとづいて定められるため、そもそも自国だけで関税率を決めるという事態があり得ないからです。

 

そのため、実際には、協定関税においても、独立国が主権のもとで他国と条約を結んで協定関税を定める場合、「関税自主権がある」とみなされます。

 

反対に、19世紀後半から20世紀前半に見られるように、先進国が後進国に対して一方的に不利な条件を定めた条約を結ばせて、関税率を低くさせる場合には、その条約は後進国が完全に主権にもとづいて結んだわけではないので、その後進国には「関税自主権がない」とされます。

 

戦前の協定関税

 

近代日本の最初の協定関税は、1858年に日米修好通商条約をはじめとする安政五カ国条約で定められました。

 

 

このときの関税率は約20%でしたが、すでに日本には関税自主権はありませんでした。

 

その後、1866年に英仏米蘭の4カ国との間で改税約書に調印し、関税率は従来の約20%から一律5%へと大幅に引き下げられました。

 

この5%という関税率は、当時欧米列強から清(中国)への輸入品にかけられた関税率と同等でした。

 

これにより、日本にも清と同様に、欧米から安価な輸入品が国内市場に流入するようになり、国内産業は大打撃を受けました。

 

こうした事態を収拾するには、不平等な改税約書を改定して、関税自主権を取り戻し、国内産業を保護できる程度の関税率へと戻す必要があります。

 

そのため、これ以降の日本にとっての最大の外交課題は、いかに条約改正を成し遂げるかにありました。

 

条約改正に向けた交渉は、歴代の外相(外務大臣)が試行錯誤しながら進めました。

 

結果的には、1894年に外相・陸奥宗光治外法権(領事裁判権)の撤廃に成功し、1911年に外相・小村寿太郎関税自主権の回復を達成しました。

 

 

戦後の協定関税

 

第二次世界大戦後の国際社会は、GATT(関税貿易に関する一般協定)の実現からWTO(世界貿易機関)の設立へと、世界的な協定関税の枠組みを整備してきました。

 

GATTの実現

GATTとは「関税貿易に関する一般協定」の略称で、世界の自由貿易を推進するため、国際貿易における関税の撤廃や軽減を目指した国際協定のことです。

 

1947年にアメリカをはじめとする23カ国がジュネーヴで調印し、翌1948年に発効しました。

 

IMF(国際通貨基金)IBRD(国際復興開発銀行)とともに、第二次世界大戦後の国際通商体制を支える役割を担いました。

 

日本は1955年に正式加盟し、1959年以降は理事国を務めました。

 

GATTの枠組みの下では、大規模な関税交渉が7回行われました。

 

中でも、1967年のケネディ・ラウンド、1973年の東京ラウンドでは、鉱工業製品に対する関税が30%以上引き下げられました。

 

また、1986年に始まったウルグアイ・ラウンドは交渉が長期化したことで知られており、1993年にやっと最終合意がなされました。

 

こうした関税交渉は、日本の産業にも大きな影響を及ぼしました。

 

WTOの設立

1994年には国際協定にすぎなかったGATTは発展的に解消され、翌1995年に自由貿易を実現するための国際機関として「世界貿易機関(WTO)」が設立されました。

 

WTOでは、全加盟国・地域に対して、一定率以上の関税を課さないことを取り決めたWTO協定を定めました。

 

この税率はWTOに関税率を譲許しているため、WTO譲許税率とも呼ばれますが、これが国定税率より低い場合はWTO全加盟国・地域からの輸入品に対して、一律に適用するように決められました。

 

現在の日本の協定関税も、このWTO協定にもとづいています。

 

経済連携協定と自由貿易協定

 

外国との条約によって関税率が定められるのは、厳密に言えば、協定関税の場合だけではありません。

 

経済連携協定(EPA自由貿易協定(FTAが締結されている場合には、こちらで定めた関税率の方が、国定税率や協定税率よりも優先されることがあります。

 

経済連携協定(EPAとは、貿易の自由化、投資、人やものの移動、知的財産の保護、競争に関するルールを定め、締結国どうしの経済関係を幅広く強化する協定のことです。

 

日本はシンガポール、メキシコ、インドネシア、インド、オーストラリアをはじめ、さまざまな国々と経済連携協定を結んでいます。「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」も、経済連携協定の一つです。

 

自由貿易協定(FTAとは、特定の国々や地域の間で、自由貿易を促進するため、関税や貿易の障壁を削減・撤廃することを定める協定のことです。

 

自由貿易協定に関しては、2012年から現在まで、日中韓自由貿易協定の交渉が進められています。

 

まとめ

 関税とは、国家間の貿易において、輸入品が国境を通過する際に、輸入国がその輸入品に課す税のこと。

 関税の目的は、国内産業の保護と財政収入の確保にある。

 関税には、国内法によって定められる国定関税と、外国との条約によって定められる協定関税がある。

 国定関税の税率を国定税率、協定関税の税率を協定税率と呼ぶ。

 現在、日本の協定税率はWTO協定にもとづいて定められている。

 相手国と経済連携協定・自由貿易協定を締結している場合、国定税率や協定税率に優先して、税率が決定される場合がある。




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