【四大公害病まとめ】公害病の種類とは!?原因や対策・場所・死者数・覚え方など

 

日本の高度経済成長期だった1950年代後半から1970年代は、産業が盛んに行われるとともに、有害物質による公害病が大きな問題になりました。

 

今回は、高度経済成長期に特に被害が大きかった『四大公害病』について詳しく解説していきます。

 

四大公害病とは?

 

 

1950年代後半から1970年代の高度経済成長期において、工場などから発生した有害物質(公害)によって公害病が引き起こされました。

 

この公害病は住民に大きな被害がもたらし、そのうち被害が大きかった4つの公害病を「四大公害病」といいます。

 

四大公害病とは、以下の4つのことをいいます。

イタイイタイ病

水俣病

四日市ぜんそく

新潟水俣病(第二水俣病)

 

ここからはそれぞれの公害について詳しく解説していきます。

 

イタイイタイ病

 

 

四大公害病のひとつ「イタイイタイ病」は、富山県神通川流域で発生した公害による公害病です。

 

1910年代から1970年代前半に発生。病名の由来は、患者が病気の痛みに「痛い、痛い!」と泣き叫ぶことしかできなかったという話からきています。

 

①原因

イタイイタイ病の原因は、神通川の上流にあたる岐阜県の高原川に、三井金属鉱業神岡鉱山の亜鉛精錬所から流れ出たカドミウムという物質による水質汚染です。

 

神通川上流の流域では、江戸時代から銀や銅、鉛などを生産していました。その川の水を使って農業をしたり、飲み水に使ったりしていたので、当時から被害は出ていました。

 

日露戦争をきっかけに、非鉄金属(鋼以外の金属)の生産が注目され、生産量が大きく増加。さらに戦後の高度経済成長期を迎え、カドミウムを含んだ大量の廃物が川に流れ込んでしまいました。

 

そのため、工場周辺の地域だけでなく、神通川の下流地域に住んでいた人にも被害を与えてしまいました。

 

当時は公害病の原因となった物質のカドミウムについて、よくわかっておらず、病気とどう関連しているかもはっきりしていなかったため、対策をすぐにとることができず、公害を広めてしまう結果になりました。

 

②被害

カドミウムによってもたらされる主な健康被害は、腎機能障害と骨軟化症です。

 

腎機能障害は、貧血を起こしてしまったり、腎不全になったりしてしまいます。そして、骨軟化症は、骨がもろくなってしまい、ちょっと動いただけでもすぐに骨折をしてしまうという症状が見られました。

 

被害者の多くは出産の経験がある中高年の女性でしたが、男性の被害者もいました。被害者のほとんどが神通川流域の農地で農家を営んでいた人々でした。

 

被害者は、1973年までに194がイタイイタイ病の患者として認定され、2008年4月末までに、そのうちの188人が亡くなったとされています。

 

③対策

イタイイタイ病被害者と三井金属鉱業の裁判が終わると、被害者側は土壌汚染の問題に関する誓約書や公害を防止させる協定を結びました。

 

19737月には、被害者に対する医療による救済が始まり、19749月には国からの救済も始まりました。

 

水俣病

 

 

四大公害病のひとつ「水俣病」は、熊本県水俣湾で発生した公害による公害病です。

 

1953年頃に発生しました(正式に確認されたのは1956年です)。病名は、発生地でもある熊本県の水俣湾から「水俣」をとって名付けられました。

 

①原因

水俣病の原因は、熊本県水俣市にあるチッソ水俣工場が、工業廃水をそのまま水俣湾に排出。そこに含まれていたメチル水銀を魚や貝を介し、人のカラダに取り入れられました。

 

チッソ(会社の名前)はビニールづくりに必要な原料であるアセトアルデビドを生産する工場でした。

 

このアセトアルデビドを作るときに使用された硫酸水銀という物質から発生したのが、原因となった物質のメチル水銀です。

 

メチル水銀を含んだ工業廃水が、海に流され、物質はプランクトンなどに取り込まれます。そのプランクトンを魚や貝が食べ、それをさらに人が食べてしまいます。(食物連鎖)食物連鎖の過程でメチル水銀の濃度は高まってしまったことも原因のひとつです。

 

※ちなみに、食物連鎖によって毒が濃縮されるのを生物濃縮といいます。

 

②被害

水俣病の原因となったメチル水銀によって引き起こされる健康被害は、メチル水銀中毒症です。

 

メチル水銀中毒症になってしまうと、脳にダメージを負ってしまいます。

 

その結果、手足の震えから耳が聞こえづらくなったり、うまく喋れなくなったり、目が見えなくなったり、ひどい時には意識不明や、死亡することもあります。

 

2008年の5月までには、水俣病にかかったと認められた人は2268で、そのうち1653人が亡くなったとされています。

 

しかし、この数はあくまで水俣病と認定された人の数で、実際に被害を受けたけど、認定されていない人を含めると、患者数はおよそ10万人以上にのぼり、亡くなった人も4万人を超すとも言われています。

 

③対策

裁判を経て、水俣病と認定された患者はチッソから補償を受けることができました。

 

そして、有害物質が溜まってしまっていた水俣湾は、485億円と13年の歳月をもって、埋め立てられました。

 

1997年、当時の熊本県知事は「水俣湾の安全宣言」を行いました。水俣湾で魚を釣って、その魚を食べることもできるし、水俣湾で泳ぐこともできるようになったのです。

 

現在の水俣市は、世界の環境モデル都市として、水俣病の悲劇を二度と繰り返さないために積極的な都市づくりを行っています。

 

四日市ぜんそく

 

 

四大公害病のひとつ「四日市ぜんそく」は、三重県四日市市で発生した公害病です。

 

1959年頃に発生しました。病名は、当初は塩浜ぜんそくと呼ばれていましたが、国会では発生地でもある三重県の四日市市から名前をとって「四日市ぜんそく」と呼ばれていたことから、こちらの名前が定着しました。

 

①原因

四日市ぜんそくの原因は、工場で排出された亜硫酸ガスによる大気汚染です。

 

四日市市は、港を埋め立てた広い土地に、日本初の本格的な石油化学コンビナート(四日市コンビナート)を建設しました。工場で石油を精製するときに亜硫酸ガスが煙と一緒に大気に流れ出ていたのです。

 

その頃ぜんそく患者が増えていたので、おかしいと思った専門家は調査を始めました。

 

そこで、ぜんそく患者が多い地域は、空気中に多くの工場から排出された有毒なガスが含まれていることがわかりました。こうして、四日市コンビナートが公害病の原因と断定されたのです。

 

②被害

四日市ぜんそくの原因となった亜硫酸ガスの大気汚染によって引き起こされる健康被害は、気管支炎気管支ぜんそくです。息苦しい、喉の痛み、激しい喘息の症状が特徴です。

 

症状がひどいと、呼吸困難になってしまい、最悪の場合死亡してしまうこともあります。また、心臓や肺の病気も一緒に起きてしまうこともあります。

 

四日市ぜんそくの患者として認定された人数は、1976年に1140がピーク。そのうち亡くなった人はおよそ600人とされています。

 

しかし、認定されなかった人や、病気に苦しみ自殺してしまった人などもいて、明確な患者数・犠牲者数は把握されていません。

 

③対策

ほかの公害病と違って、四日市ぜんそくの場合は複数の企業によって起こった公害なので、裁判はとても難しいものでした。

 

しかし、患者側の弁護団や科学者など、多くの人の支援もあって、1972年に四日市公害裁判は、患者側の全面的な勝利に終わりました。

 

四日市ぜんそくの患者は、工場側と市・国から補償を受けることができました。

 

市から市のお金で公害患者に対して支援を行ったというのは、それまでに例がなかったので、この試みは全国初でした。

 

新潟水俣病(第二水俣病)

 

 

四大公害病のひとつ「新潟水俣病(第二水俣病)」は、新潟県阿賀野川下流域で発生した公害病です。

 

1965年頃に発生しました。病名は、熊本県で起きた水俣病と同じく、水銀による食物連鎖で起きた公害病のため、同じ水俣病とされています。

 

①原因

新潟水俣病の原因は、新潟県東浦原郡鹿瀬町(現在の阿賀町)にあった昭和電工鹿瀬工場が、工業廃水をそのまま阿賀野川に排出し、そこに含まれていたメチル水銀を含んだ魚を介し、人のカラダに取り入れられました。

 

阿賀野川の下流域では川魚の漁が盛んで、患者は生物濃縮によってメチル水銀の濃度が高い川魚を食べていた下流域に住んでいる人が多かったと言われています。

 

②被害

新潟水俣病によって引き起こされる健康被害は、水俣病と同じく、メチル水銀中毒症です。

 

脳にダメージを負い、手足の震えから、耳が聞こえづらくなったり、うまく喋れなくなったり、目が見えなくなったり、ひどい時には意識不明や死亡することもあります。

 

認定された患者数は、20143月末までに702います。このうち、およそ450人以上が亡くなったとされており、また認定されていない人などを含めると、患者数はおよそ3800人にのぼると言われています。

 

③対策

新潟水俣病の裁判は、19719月、患者側の全面的な勝利に終わりました。

 

しかし、新潟水俣病自体は、避けられるべき公害病だったとされています。熊本県で起きた水俣病のときに、政府がすぐに対応と対策をして、全国的にも同じような工場の事業をやめさせるなど、未然に防ぐ対応をしていれば、新潟水俣病が起こることはなかったのです。

 

また、原因となった昭和電工は、自分たちにとって都合の悪い資料は破棄してしまいました。そのため、新潟水俣病の本当の意味での解決は、ほぼ不可能だとされています。

 

四大公害病の覚え方

 

 

四大公害病の覚え方は様々なので、自分に合った覚え方で覚えると良いでしょう。

 

四大公害……「1342

1=イタイイタイ病

3=みなまた病

4=よっかいちぜんそく

2=にいがた水俣病

 

・イタイイタイ病……「イタイイタイと山ちゃん陣痛角に産む」

イタイイタイ=イタイイタイ病

山ちゃん陣痛=富山県神通川

角に産む=カドミウム

 

・水俣病、新潟水俣病……水俣の「水」とメチル水銀の「水」をかけて覚えると良いでしょう。

 

・四日市ぜんそく……「妖怪みえるよ、アリさんが」

妖怪=四日市

みえるよ=三重県

アリさんが=亜硫酸ガス

 

まとめ

・1950年代後半から1970年代の高度経済成長期において、公害によって引き起こされた公害病のうち、被害が大きかった4つの公害病を「四大公害病」という。

・「イタイイタイ病」は、富山県の神通川流域で発生し、カドミウムによる水質汚染が原因。

・「水俣病」は、熊本県の水俣湾で発生し、工業廃水に含まれていたメチル水銀を魚や貝によって人がカラダに取り入れた食物連鎖が原因。

・「四日市ぜんそく」は、三重県四日市市で発生し、工場で排出された亜硫酸ガスによる大気汚染が原因。

・「新潟水俣病(第二水俣病)」は、新潟県の阿賀野川下流域で発生し、メチル水銀を含んだ魚を人がカラダに取り入れた食物連鎖が原因。