現在の日韓関係では様々な問題がありますが、長年争っている大きな問題があります。

 

それは竹島(韓国名:独島)をめぐる領土問題です。

 

第二次世界大戦後の1950年代から生じているこの問題は60年を経た今も一向に解決しない問題となっています。

 

日本側と韓国側の認識のズレが大きく、また他国による介入がほぼない状況で二国間だけでのやり取りとなっているため解決に向けた進展は期待が難しい状況です。

 

今回はこの『竹島問題』について、簡単にわかりやすく解説していきます。

 

竹島問題とは?

(1953年 韓国による日本漁船拿捕の様子  出典:Wikipedia)

 

 

竹島問題は、日本と韓国の間で起きている領土問題のことを言います。

 

太平洋戦争後の1952年に批准された日本国との平和条約(通称:サンフランシスコ平和条約)にて日本の主権が回復しましたが、その中で竹島は国際的に日本領として認められました

 

それに反発した韓国が独自の領海権を主張した李承晩ラインを制定し、竹島を自国領としました。そして武力による実効支配を行いました。

 

 

(初代大統領 李承晩 出典:Wikipedia)

 

 

その後、日韓基本条約の中で日韓漁業協定などが結ばれ国交が回復しましたが韓国側は武力による実効支配をつづけ、今に至っています。

 

竹島には水産物が多くありますが韓国側により実効支配されているため、日本側は竹島周辺での漁業が行えない状況となっています。

 

また、解決のために日本側は抗議や国際司法裁判所(ICJ)への提訴を韓国側に打診していますが、韓国側は領土問題が起きていないとして、結局紛争の解決には至っていません。

 

そもそも竹島とは?

(竹島 出典:Wikipedia

 

 

竹島は日本海の南西部、北緯37度・東経131度の位置にある小さな諸島で、二つの島と岩礁で出来ています。

 

大きさは東京ドーム5つ分とされ、日本領の隠岐からの距離は約157kmで、韓国領の鬱陵島からの距離は約87kmとなります。

 

日本名では「竹島」と呼称していますが、韓国・北朝鮮は「独島」、アメリカなどの第三国からは「リアンクール岩礁」という名前で呼ばれています。

 

①竹島の経済的な価値

竹島の島自体は小さい面積で資源などもありません。

 

しかし周囲の海洋は対馬暖流とリマン海流がちょうど交わる場所に位置している事もあって、漁場に適した場所となっています。

 

海底資源などは見つかっていないため、漁業権だけが現時点での経済的価値となります。

 

②いつから日本領とされたのか

竹島の存在について日本は、文献・地図などで把握していた様子でした。

 

幕末以前は「松島」という名前で呼び、江戸幕府公認の元で漁猟などを行っていたとともに開発を進めていたとされます。

 

その時点では無主地となっていたので19051月に閣議決定を行い、島根県所管の島として日本国領としました。

 

韓国側の主張としては、「世宋実録地理志」(1454年)や「新増東輿地勝覧」(1531年)などの朝鮮古文献において出てくる「于山島」が竹島であるとしています。

 

 

(東国輿地勝覧付属の八道総図 出典:Wikipedia)

 

 

そして、1696年に安龍福が現在の竹島から日本人を追い出したとしています。

 

その後1900年に大韓帝国の勅令にて竹島は石島という名称で韓国の領地となったとしています。

 

ただし于山島・石島が、日本側の呼称している竹島であるという明確な根拠はありません。また、勅令後も実効支配されていなかった様子です。

 

余談ですが、安龍福という人物は日本側の記録でも確認されています。

 

しかし、追い出したのではなく、密漁中に日本の役人によって連行されたとされています。

 

竹島問題の内容詳細と現在

 

 

竹島問題は1945年(昭和20年)以降に生じた問題だといえます。

 

時期により問題点と状況が大きく異なっています。

 

①連合国占領下期の日本の竹島問題

竹島は1905年に日本の閣議決定により領土編入する形で日本領となりました。

 

そのまま太平洋戦争中まで変わらずに領土として日本が統治を行っていましたが、日本が太平洋戦争に敗れ日本は連合国軍の占領下となりました。

 

その中で日本の主権の及ぶ範囲は連合国軍最高司令官総司令部(通称:GHQ)により定められる事となりました。

 

 

主権の及ぶ範囲は領土だけでなく漁業活動のための航海についても含まれました。

 

その中でGHQ総司令官であるダグラス・マッカーサーの名前で発せられたマッカーサーラインと呼ばれるものがありました。

 

正式には「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」と呼ばれていて、要するに統治の上で日本漁船の活動可能範囲の基準を定めるものでした。その基準内では竹島付近での漁業は認められていませんでした。

 

なお、領土の処分を決める権限自体はGHQにはなく、あくまで領土の法的な確定は平和条約によってなされる事となりました。

 

②サンフランシスコ平和条約~韓国による実効支配

日本は1952年に締結されたサンフランシスコ平和条約によって主権の及ぶ範囲を定められました。

 

 

竹島はこの条約によって日本の領土に戻る事を認められるとともに、マッカーサーラインは条約の発効に基づいて廃止されることとなりました。

 

しかし韓国は平和条約が締結される前に、マッカーサーラインに基づいて作った李承晩ラインを独自で制定し、その中で竹島を自らの水域に含めました。

 

 

(1953年に起こった李承晩ライン反対デモ 出典:Wikipedia)

 

 

そして1952年以後、韓国側の独島義勇守備隊が竹島に駐屯し、竹島近海で操業する船舶の拿捕などを行いました。

 

 

(1953年 韓国による日本漁船拿捕の様子  出典:Wikipedia)

 

 

1956年に守備隊は解散しましたが、その後も武装した警察隊により実効支配が続けられるようになっています。

 

③日韓の国交回復後

1965年に締結された日韓基本条約・日韓漁業協定によって国交の回復と李承晩ラインの廃止が決められましたが、竹島問題については未解決のまま、韓国側の実効支配を続く事となりました。

 

1996年には国連海洋法条約を日韓ともに批准し、両国の中間線を基準とした暫定水域を設定することになりました。

 

水域内では日韓の漁船が共同で利用する予定でしたが実際は韓国側の漁船により漁業独占が生じていて、日本の漁船は依然として利用できない状況となっています。

 

その後、日本側の動きとしては、2005年に島根県議会によって222日を竹島の日とする条約を可決しました。

 

それに伴い日韓関係が悪化しています。

 

2012年には当時の韓国大統領である李明博が国内での支持率低下にともない、現職大統領として初めて竹島に訪問しました。

 

 

(李 明博 出典:Wikipedia

 

 

また2018年には韓昇洙が現職の首相として初めて竹島訪問を行っています。これにより日韓関係が緊張する懸念が高まっています。

 

竹島問題の現在の状況

 

日本側は韓国と紛争が生じているとしています。

 

1952年の韓国による実効支配当初より韓国側に対して不法占拠であると抗議声明を出していて、日本は国際司法裁判所(ICJ)での司法解決を1954年と1962年、2012年に三度提案していますが、韓国側の拒否により国際司法裁判所での裁判には至っていません。

 

韓国側のスタンスとしては、独島は固有の領土であるため紛争は起こっておらず、そもそも領土問題はないという認識となっています。

 

ちなみに第三者国の見解は分かれています。アメリカ合衆国はラスク書簡・ヴァンフリート特命報告書によると一貫して竹島は日本領であるという姿勢を示しています。

 

しかし、日韓とも同盟国なので積極的に竹島問題に対して見解を示す事は少ない状況です。

 

一方で周辺国である北朝鮮は、韓国の領有権を支持している状況となっています。

 

まとめ

 竹島が領土であることは漁業権・排他的経済水域の点からも経済的メリットが大きい。

 竹島は1905年から日本が国際的に自国領とした固有の領地である。

 竹島について韓国と領土問題が起きたのは戦後になってからである。

 現在竹島は韓国側が武力により実効支配を続けている。

 日本側は抗議と国際司法裁判所に提訴を希望しているが、韓国側の拒否で提訴には至っていない。

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