大犯三箇条(たいぼんさんかじょう)は守護の職務権限を示したものですが、具体的に内容を説明して!と言われると言葉に詰まる人も多いのではないでしょうか?

 

今回はそんな『大犯三箇条』についてわかりやすく、覚え方も含めて解説していきます。

 

大犯三箇条とは

 

 

大犯三箇条とは、鎌倉時代において守護の果たすべき職務権限のことです。

 

読み方は「たいぼんさんかじょう(もしくは“だいぼんさんかじょう”)」で「犯」は「ぼん」と読みますので注意しましょう。

 

“三箇条”というからには3つあって、御家人の大番催促謀反人の追捕殺害人の追捕です。

 

追捕とは字のまま「追いかけて捕まえる」こと。つまり、守護は鎌倉時代における警察のような役割だったのです。

 

大犯三箇条が規定されるまでの流れ

(源 頼朝 出典:Wikipedia

軍事・警察権の獲得

平氏が滅亡し、源平の戦いが幕を閉じると、今度は源頼朝と弟の源義経の対立が表面化してきます。

 

1185(文治元)年11月、源頼朝は、源義経追討の院宣(上皇からの命令)を得るとともに、申請によって守護・地頭設置の権限を朝廷から与えられました。

 

義経・行家の追討を名目としてこれをきっかけに幕府は全国の軍事・警察権を掌握します。

 

つまり鎌倉幕府は誰を警察にして、その警察をどこに派遣するかを決める権利を得たのです。

 

②守護の権限

守護は、国ごとに有力御家人1名が任命され、国内の御家人を統制しました。

 

彼らに対して宮中警固の京都大番役(のち鎌倉警固の鎌倉番役も)への出勤を促し(大番催促)、謀反人や殺害人を追捕することを職務としました。これを大犯三箇条といいます。

 

守護の権限として正式に大犯三箇条が規定されるのは、1232(貞永元)年に御成敗式目が制定されたときです。

 

第三条において、守護の権限をこの大犯三箇条に限定しました。

 

 

大犯三箇条の詳しい内容

①『御家人の大番催促』について

この「大番」とは「京都大番役(きょうとおおばんやく)」のことを指します。

 

(※こちらも読み方に注意が必要で、「大犯」は「たいぼん(だいぼん)」と読みますが、「大番」は「おおばん」と読みます。「大」の字の読み方に気を付けましょう)

 

京都大番役とは、御家人の役職の一つで京都に出向いて皇居や洛中の警護を行います。

 

要するにSPみたいな存在です。天皇の周りを警固するSPです。

 

この京都大番役に就かせるために御家人の割り当て、召集・引率勤番などを行うのが大番催促です。

 

わざわざ催促する役が必要なのかと思う人もいるかもしれませんが、当時の京都大番役は一度京都に出向いたら3~6ヶ月戻って来ることが出来ない上、京都までの交通費などの経費は自費で負担しなければなりませんでした。

 

天皇の周りを警固できるという御家人としての最高の名誉とする反面、口実を設けて免除をうけようとする動きもありました。

 

そういった人たちをちゃんと京都大番役に就かせるのが守護の務めとなっていたのです。

 

②『謀反人の追捕』『殺害人の追捕』について

こちらは似ているのでまとめて説明します。

 

謀反人は要するに反逆者のこと。幕府や朝廷に逆らう人のことです。

 

そして、殺害人はその名の通り人を殺害した人のこと。ただし、戦争の時は例外的に殺人が合法化されるので、対象となるのは平時つまり戦争のない時に人を殺した人です。

 

謀反と殺害は中世社会においては大犯として、最も重大な犯罪のうちの2つとして考えられていました。「大犯三箇条」の名前もここから来ています。(ここに何故御家人の大番催促が大犯として加えられているのかは定かではありません。)

 

この重大な罪を犯した犯罪者を捕まえるのが、守護のもう一つの役割です。このあたりは現代の警察っぽいですね。

 

また、御成敗式目に大犯三箇条が書かれていますが、ここでは逮捕すべき対象に夜盗、強盗、山賊、海賊も加えられています。より警察っぽくなります。

 

大犯三箇条と守護のその後

権限の拡大

これまでの説明で既に気づいた人もいるかもしれませんが、守護の権限はどんどん大きくなっていき、職務は大犯三箇条に縛られなくなっていきます。

 

もともと、守護は地頭も兼任することが多い役職です。地頭は荘園や公領を管理したり、年貢を徴収したりする役職で、現代で言うと県知事に近いかもしれないですね。

 

つまり、守護は警察であり県知事だったわけです。これはもう、大きな権力を持っているであろうことは想像できます。

 

1346(貞和2)年の諸国の守護の非法(法をはずれること)を禁ずる法令の中で、大犯三箇条の他に刈田狼藉(かりたろうぜき)の取り締まりと使節遵行(しせつじゅんぎょう)を守護の権限として確認しました。

 

刈田狼藉は他人の田の稲を刈り取ること。紛争で使われる手段のひとつで、ここでは取り締まりを意味します。

 

そし使節遵行は所領の紛争に対する幕府の命令について、守護が使節を派遣してその所領で命令を実行させることです。

 

要するに将軍の命令や判決を現地の関係者に伝達して執行するということです。

 

これらの権限によって、守護は所領紛争の裁定に深く関わるようになり、さらに権力が拡大していきます。

 

②そして守護大名へ

権力が拡大した守護のもとには家臣となる者が増えていきます。

 

守護が所領紛争の裁定に関わるようになるということは、守護の家臣となれば地域における自己の立場を有利にすることにつながるのです。

 

こういった権限と兼任していた地頭の権限も合わさり、守護は領域的支配者、つまり守護大名への道を歩んでいくことになります。

 

大犯三箇条の覚え方

いろいろと覚え方はあると思いますが、筆者が気に入っているのは

 

京都治むの三箇条(きょうとおさむのさんかじょう)」

 

意味は京都を治めるための三カ条ということです。

 

「治む」が大犯三箇条の内容を示しており・・・

 

「お」⇒「大番催促」、「さ」⇒「殺害人の追捕」、「む」⇒「謀反人の追捕」です。

 

語感も良くて耳に残りやすいのではないのでしょうか?こういうのは口に出して音で覚えるのも大事です。

 

特に、三箇条の中では大番催促がちょっと雰囲気が違う感じで覚えづらいと思うので、こういった語呂合わせで覚えましょう。

 

この覚え方であれば、大番が京都大番役であるということにも結び付きやすいかと思います。

 

まとめ

・大犯三箇条は鎌倉時代の守護の権限のこと。

・御家人の大番催促、謀反人の追捕、殺害人の追捕、の3つ。

・守護は地頭を兼任することが多く、後に権限がどんどん拡大していく。

・覚え方は「京都治むの三箇条」(お→大番催促、さ→殺害人の追捕、む→謀反人の追捕)。




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