アメリカとソ連の冷戦がどんどん拡大されていく中、日本と連合国の間で結ばれた「サンフランシスコ平和条約」とは別に、日本とアメリカの間で結ばれた条約をご存じでしょうか?

 

それが、今回のテーマとなる「日米安全保障条約(通称:安保条約)」という物になります。

 

この条約はかなり重要なものというだけでなく、”新安保条約”と”旧安保条約”と存在するため、覚える身としては大変です。ややこしい条約にもなっています。

 

今回は、旧安保条約と新安保条約の違いについて、問題点や改定について、簡単にわかりやすく解説していきたいと思います。

 

旧安保条約と新安保条約の違い

 

それでは最初に、旧安保条約と新安保条約の違いについてまとめてみましたので、ご覧ください。

 

それぞれの違い

 

 締結された時代が違う

 

旧安保条約・・・1951年、冷戦期

新安保条約・・・1960年

 

 条約の内容が違う

 

旧安保条約・・・日本が再軍備するまで、アメリカ軍の日本駐留と、日本の内乱や付近の安全の乱れに対処する

新安保条約・・・日本とアメリカが共同で防衛を行うことが義務づけられる

 

 締結前後の状況が違う

 

旧安保条約・・・冷戦中、サンフランシスコ平和条約と一緒に結ばれるだけだった

新安保条約・・・大規模な反対運動である・安保闘争が生じ、内閣総辞職にまで発展

 

ここまではそれぞれの違いについて要点だけをお伝えしました。

 

これだけでは少々理解しにくいかもしれませんので、ここからはさらに「旧安保条約」「新安保条約」について詳しく解説していきます。

 

旧安保条約について詳しく解説!

Yoshida signs San Francisco Peace Treaty.jpg

(サンフランシスコ平和条約 出典:Wikipedia)

 

旧安保条約とは、冒頭でもご紹介のとおり、冷戦期に結ばれたサンフランシスコ平和条約と同時に結ばれた平和条約のことです。

 

旧安保条約の内容は、いたってシンプル!簡単にまとめると、以下の内容が日本とアメリカの間で取り決められたことになります。

  • アメリカ軍の日本駐留
  • 日本での内乱や付近の安全の乱れに対処する

    1951年当時の日本は、現在のように自衛隊が存在せず、敗戦後にGHQが行った戦後処理もあってか、軍事力はほとんどない状態でした。

     

    そのため、アメリカが日本に再軍備をすすめ始めたことに端を発するのです。

     

    ①いまさらどうして再軍事化をすすめたの?原因は共産国!

    しかし、敗戦後に二度と軍備させないようにするためにGHQが取っ払った軍事力を、どうしてこの期に及んで再び組むことを日本にすすめたのでしょうか?

     

    その原因は、共産主義の流入でした。

     

     

    日本の近くにあるのは、共産国である中国やロシアです

     

    その影響が、近代の日本にジワジワと入ってきていることを懸念した資本主義国のアメリカは、日本が共産主義国となることをどうしても防ぎたかったのです。

     

    このことから、日本とアメリカの間で旧安保条約を結ぶことで、日本の防衛をアメリカが肩代わりすることになります。

     

    つまり、日本のバックに資本主義国のアメリカを置くことで、共産主義国の侵入を防ごうとしたのです。

     

    ②旧安保条約には問題が!

    しかし、旧安保条約は問題がありました。

     

    日本が再軍備するまで、日本を守ってくれる宣言を旧安保条約ではしてくれたアメリカですが、これを義務として条文に盛り込んでいなかったのです。

     

    義務にしてもらわないと、日本からしたらアメリカがいつどんな言い訳をして日本の防衛を放棄するか、わかったもんじゃないですよね。

     

    さらに、日本で内乱が起きてもアメリカ軍が出動できるようになっていることから、これでは内政干渉になりかねない、という懸念もあったのです。

     

    このことから、動いたのは当時の内閣総理大臣だった、岸信介でした。

     

    新安保条約について詳しく解説!

    Nobusuke Kishi.jpg

    (岸信介 出典:Wikipedia)

     

    安保闘争での新安保条約は、旧安保条約が改正されたものです。

     

    日本にこれまでなかった自衛隊が発足後の1960年に、旧安保条約が改正されました。

     

    改正後の内容を一部抜粋していきましょう。

    • もし日本が攻撃されたら、日本とアメリカが一緒になって共同防衛をする義務を負います
    • 事前に協議したうえで、アメリカ軍基地の利用などが認められる

      旧安保条約よりも、より具体的に、平等となっていることが分かりますよね。

       

      これは、旧安保条約の問題点が浮き彫りになったからこそ。

       

      では、安保条約が改正されるまでに何が起こったのか、もう少し追っていきましょう。

       

      ①旧安保条約の問題点を岸信介内閣が改正するものの、安保闘争が発生

      旧安保条約の問題点が判明したその後、当時の岸信介内閣は旧安保条約を平等にするべく、新日米安保条約(通称:新安保条約)を結びます。

       

      この際に安保闘争という、新安保条約に対するかなり大規模な抗議デモ運動が発生するのです。

       

       

      安保闘争が勃発した原因は2つあります。

       

      岸信介自身への信用度と、改定内容に対する懸念事項です。詳しく見ていきましょう。

       

      ②岸信介のバックグラウンドが国民への反感を招いた

      岸信介は、歴史の教科書ではうっすら掲載されている人物ですが、彼のバックグラウンドが当時の国民の反感を買ってしまうのです。

       

      岸信介のバックグラウンドは、なんと太平洋戦争を引き起こす原因となった東条英機内閣時代に商工大臣・国務大臣をになった人物であったこと。

       

      最終的には無罪となったものの、それまでは当時の東条英機内閣の関係者でもあったためA級戦犯として拘留もされていました。

       

      無罪とはいえ戦争に加担していたともいえますから、また同じことが繰り返されると恐れた国民が多くいたことがうかがえます。

       

      ③自衛隊の拡大に伴う日本の軍国化への懸念

      この新安保条約には、極東条項という物が入っています。

       

      一体何かというと、日本にいるアメリカ軍基地を、日本の防衛だけでなく、極東の平和と安全を保つために利用することを認めること。

       

      どういうことかというと、日本と全く関係のない戦争が起きたとしても、日本のアメリカ軍が動くことを正式に認める内容となるのです。

       

      つまり、日本が関係のない戦争に巻き込まれる可能性があること、自衛隊の拡大も懸念されてしまうないようだったのです。

       

      ④めげない岸信介、安保闘争を一層する

      岸信介は、この安保闘争に対抗します。

       

      教科書の写真でも見たことある人がいるかと思いますが、国会へ警官隊を配備し、自民党の強行採決を行うなど、かなり強引に新安保条約の締結をすすめました。

       

      そして、新安保条約が発行されると同時に、岸信介内閣は総辞職をすることとなりました。

       

      まとめ

       旧安保条約と新安保条約は締結された時代が違う。

      旧安保条約は1951年の米ソ冷戦期にサンフランシスコ平和条約と一緒に結ばれ、新安保条約は1960年岸信介内閣によって強行に結ばれる。

       旧安保条約と新安保条約は条約の内容が違う。

      旧安保条約では日本が再軍備するまで、アメリカ軍の日本駐留と、日本の内乱や付近の安全の乱れに対処することが盛り込まれ、新安保条約では、旧安保条約がより具体化。日本とアメリカが共同で防衛を行うことが義務づけられるようになる。

       旧安保条約と新安保条約は締結前後の状況が違う。

      旧安保条約は冷戦中、サンフランシスコ平和条約と一緒に結ばれるだけだったが、新安保条約は大規模な反対運動である・安保闘争が生じ、内閣総辞職にまで発展した。

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