江戸時代の文化の隆盛期は江戸前期の元禄年間(1688年~1704年)と江戸時代後期の文化・文政年間(1804年~1830年)です。

 

これらの時期に発展した文化は、それぞれ元禄文化、化政文化と呼ばれます。

 

今回は江戸時代前期に栄えた元禄文化の詳しい内容を、わかりやすく説明していきます。

 

元禄文化は京都や大阪などの上方を中心に発達した文化で、絵画などの芸術作品のみならず、文芸や学問など、さまざまな分野で新しいものを生み出していきました。

 

今回は、そんな『元禄(げんろく)文化』の特徴や代表的な作品・人物を見ていきましょう。

 

元禄文化とは?

(菱川師宣『歌舞伎図屏風』 出典:Wikipedia

 

 

元禄文化とは、17世紀後半から18世紀初頭、元禄年間を中心に栄えた文化のことです。

 

元禄文化は、経済の発展を背景として、特に上方(京都・大阪)を中心に発展しました。

 

17世紀の日本では、幕府の文治政治のもと、貨幣経済が浸透し、経済活動の活発化によって町人が力をつけてきた時代でした。

 

その町人たちが中心になって、庶民の生活や思想に根差した新しい文化を生み出していきました。

 

元禄文化の特徴は、世の中を「浮世」として肯定的にとらえて民衆社会の現実に目を向けたこと、現実的・合理的な精神に支えられた学問や思想の発達が見られたことにあります。

 

文芸の面では松尾芭蕉の俳諧・井原西鶴の浮世草子・近松門左衛門の浄瑠璃など、美術の面では菱川師宣の浮世絵などが登場し、さらに、儒学の発達や古典研究・歴史研究などの諸学問の発達が見られました。

 

元禄文化形成のの背景

(女師匠と寺子たち 出典:Wikipedia)

 

 

元禄文化は上方の町人を中心に、幅広い層がその担い手となりました。

 

その背景にあるのは、農村や都市部における経済の発展です。

 

江戸幕府の体制が安定しはじめた17世紀中盤、幕府は武力にものをいわせた武断政治から、学問や教育によって国を治める文治政治にかじを切りました。

 

 

江戸時代の文治政治は4代将軍徳川家綱から7代将軍徳川家継まで続きます。

 

元禄文化は、この文治政治の最中、5代将軍徳川綱吉の時代に最盛期を見ました。

 

(徳川綱吉 出典:Wikipedia)

 

文治政治による幕府の体制の安定は、農業・漁業などの生産活動の活発化、流通の整備や貨幣経済の浸透をもたらし、日本全体の経済的な成長を導いていきました。

 

そのような中、産業の活発化によって経済力を得た町人たちが、元禄文化の主な担い手となっていったのです。

 

元禄文化の内容詳細

(松尾芭蕉『三日月の頃より待し今宵哉』 出典:Wikipedia)

①元禄文化の特徴

元禄文化の大きな特徴は、「憂き世から浮き世へ」と称される、現実を肯定し楽しもうという庶民の感覚がすくいとられていることにあります。

 

元禄文化の担い手の多くが、現実社会を「浮世」という言葉で受け入れて、現実社会に生きる人々の姿を、文学作品や絵画に描き出していきました。

 

「浮世草子」や「浮世絵」というジャンルが隆盛したのもこの元禄文化ですが、「浮世」という語を冠するこれらの文芸ジャンルの特徴は、市井に生きる庶民を描写の対象にしていることです。

 

もうひとつの元禄文化の特徴は、現実的・合理的な精神が広く浸透し、様々な学問が発達したこと。

 

江戸時代の重要な学問であった儒学を中心にして、他にも本草学・医学・国文学などが発達しますが、それを支えたのが観察や実験や実証的な資料研究といった、合理的精神に基づく学問研究の手法でした。

 

②元禄文化の代表的な文学作品

文学の分野で元禄文化を代表するのは・・・

  • 井原西鶴の浮世草子
  • 松尾芭蕉の俳諧
  • 近松門左衛門の人形浄瑠璃

です。

 

井原西鶴の浮世草子は、それまでの仮名草子では描かれなかったような、市井の人々の生活に光を当てました。

 

(井原西鶴 出典:Wikipedia

 

 

代表作は一人の男の恋愛遍歴を色っぽく描いた『好色一代男』で、同様の趣旨の作品をまとめて「好色物」と呼びます。

 

それだけでなく、西鶴は武士の生活を描いた「武家物」町人の生活を描いた「町人物」など、様々な階級の人々を題材にしました。

 

武家物の代表作は『武家義理物語』、町人物の代表作は『日本永代蔵』です。

 

浮世草子と並んでこの時期に盛り上がったのが、松尾芭蕉の俳諧です。

 

(松尾芭蕉(左)と河合曾良(右) 出典:Wikipedia)

 

東北・北陸地方を巡ったときのできごとを俳諧とともに記した『奥の細道』は、国語の教科書でもおなじみの、日本を代表する俳諧紀行文です。

 

 

芭蕉以前にも貞門俳諧や談林俳諧などの俳諧の一派がありましたが、芭蕉の登場によって、俳諧は芸術としての深みを得て、全国的に広まっていきました。

 

最後に近松門左衛門の人形浄瑠璃は、『曽根崎心中』に代表される、町人の生活を描いた「世話物」(「心中物」)というジャンルで大流行します。

 

(近松門左衛門 出典:Wikipedia

 

人形浄瑠璃は三味線の音色にのせて人形が芝居を演じる人形劇です。

 

近松は世話物のほかに、歴史上の出来事を脚本化した「時代物」と呼ばれるジャンルでも多くの作品を残しています。

 

③元禄時代の代表的な絵画・工芸作品

元禄時代、絵画の分野では、室町時代から続く大和絵という絵画様式の中で、重要な作品が多く生まれました。

 

旧来の形を受け継ぎつつ独自の画風をひらいた尾形光琳と、大和絵の中に「浮世絵」という新たなジャンルを作りだした菱川師宣とが、この時代の大和絵を代表する画家です。

 

尾形光琳の大和絵の代表作「燕子花図屏風」(かきつばたずびょうぶ)は、一面にかきつばたの花を並べた大胆なデザインの屏風絵です。光琳の絵の画期的なデザイン性は海外からも高く評価されています。

 

 (燕子花図屏風 出典:Wikipedia)

 

なお、尾形光琳は絵画だけでなく工芸の分野でも活躍しました。「八橋蒔絵硯箱」などの蒔絵(漆の上に金銀の粉末で装飾をする工芸技法)の作品を数多く残しています。

 

元禄文化の時代の大和絵の大きな変化は、「浮世絵」の登場です。それまでの大和絵は風景や植物などを主な描写の対象にしていましたが、

 

菱川師宣の大和絵は遊女や歌舞伎俳優など当時の風俗を描き出し「浮世絵」という新たなジャンルをつくりだしました。

 

菱川師宣の「見返り美人図」に代表され、以後、江戸時代を通して制作されていきます。

 

(見返り美人図 出典:Wikipedia)

 

③元禄時代を代表する学問

元禄時代には学問の世界に合理的な考え方が普及し、様々な分野での進展がありました。中でも、特に幕府に重宝されたのが儒学でした。

 

武断政治から文治政治に方針転換した江戸幕府は、国を治める教育の基礎として儒学を最も重視しました。

 

儒学には朱子学・陽明学・古学という大きく分けて三つの学問流派があります。

✔ 朱子学

社会の身分秩序を重視する学問で、南宋の朱熹によってまとめられました。

 

日本では藤原惺窩がこれを始め、林羅山・木下順庵・新井白石などを輩出します。

 

✔ 陽明学

朱子学を批判して社会矛盾を実践的道徳(「知行合一」)によって改めようとした学問で、明の王陽明によって創始されました。

 

中江藤樹と熊沢番山に代表されるほか、のちに民衆のために反乱を起こした大塩平八郎も陽明学者でした。

 

✔ 古学

日本独自の儒学の総称で、聖学・古義学派・古文辞学派などいくつかの学派にさらに分類されます。

 

古典研究を重視して復古主義的な性格を持ったのが特徴で、山鹿素行(聖学)・荻生徂徠(古文辞学派)・太宰春台(古文辞学派)・伊藤仁斎(古義学派)らが代表的な学者です。

 

以上のような儒学の隆盛のほかに、貝原益軒の本草学(薬草研究を中心とする博物学)や関孝和の和算(日本独自の数学)、北村季吟の古典研究、儒学者や徳川光圀などの歴史研究など、様々な学問分野が花開きました。

 

学問的著作物としては、北村季吟の『源氏物語湖月抄』や徳川光圀の『大日本史』などが重要です。

 

元禄文化以降の文化

 

 

広い分野でめざましい発達を見た元禄文化でしたが、1700年代はじめに終焉を迎えました。

 

その終焉のきっかけは1703年の元禄地震であったといわれています。

 

元禄時代の文化は上方を中心に起こりましたが、次第に文化の中心は江戸へと移っていきます。

 

18世紀後半から19世紀前半には江戸の町人が経済的発展を遂げ、新たに化政文化が隆盛します。

 

 

元禄文化と化政文化の大きな違いは、発達した場所が上方か江戸かというところにあります。

 

化政文化では、元禄文化の流れを引き継ぎながら、さらに新しい文化や学問が花開いていくことになりました。

 

まとめ

 元禄文化とは、17世紀後半から18世紀初頭、元禄年間を中心に栄えた、上方の町人を中心とした文化のこと。

 元禄文化の背景には、幕府の文治政治への転換と、それによる経済発展で町人が力を持ち始めたことがある。

 元禄文化の特徴は、「浮世」に生きる民衆社会の現実に根差した文化であること、現実的・合理的な精神に支えられた学問や思想の発達が見られたことの2点。

 井原西鶴の浮世草子・松尾芭蕉の俳諧・近松門左衛門の人形浄瑠璃・尾形光琳の大和絵と工芸・菱川師宣の浮世絵などの代表的な文化的作品が生まれたほか、学問の面でも多くの儒学者の登場や諸学問の発展が見られた。

 元禄文化は1700年代初頭に終焉し、その後江戸時代の文化の中心は上方に移り、19世紀前半の化政文化の隆盛へと展開していく。




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