財閥と聞いたら、 テレビドラマなどに出てくる洋館、お金持ち、権力などを連想する人も多いのではないでしょうか。

 

近年の日本ではあまり財閥という言葉を耳にしたり目にしたりする機会はとても減りましたが、明治から昭和初期の作品に触れると見聞きする機会が増えていきます。

 

そもそも日本でいうところの財閥とはどういう位置づけだったのでしょうか。

 

今回は、わかっているようで実はなかなか知らない『財閥(ざいばつ)』について簡単にわかりやすく解説していきます。

 

財閥とは? 

(1920年 三菱財閥本社 出典:Wikipedia

 

 

財閥とは、簡単にいえば同族の独占企業団体ということになります。

 

同族とは書いて字のごとく、直系もしくは親族を指し、その一族がある種・分野の企業を独占して経営していくことと解釈して間違いありません。

 

また、別の言い方として、「コンツェルン型の大型独占企業」という言い方もできます。

 

①コンツェルン型の意味

コンツェルン型とは、ざっくり言うと独占している、または従属関係にありひとつの分野を取り仕切っている形態を指します。

 

出資している本体があり、それに連携した複数の会社が従属関係にあります。

 

財閥とは……で簡単に説明した財閥の意味と酷似していますね。

 

しかし、財閥とコンツェルンには少し違った点もあります。

 

①財閥とコンツェルンの違い 

財閥はある種・分野を独占するのに対し、コンツェルン型は別の分野の会社を吸収し子会社にすることで広がっていく発展の仕方もあります。

 

コンツェルン型の企業国といえばアメリカが代表されますが、近年の日本ではこういった形態の企業は少なくなってきています。

 

しかし、戦前ではどちらかといえばコンツェルン型の財閥が多かったようです。

 

財閥の役割

 

 

日本で有名な財閥といえば、三井・三菱・住友です。

 

財閥は総合財閥、金融財閥、産業財閥に分類されます。

 

さらにその中で分類され、それぞれの分野を一族で占めます。

 

この三井・三菱・住友は総合財閥といえばこの3財閥が名を連ねるほど大きな組織で、この3大財閥は今の時代も名を残し、多種多様な分野を手掛けています。

 

そんな財閥は日本の経済を支えるだけではなく、政治にまで影響を及ぼすこともあった時代がありました。

 

とくに第二次世界大戦以前の財閥はその傾向が強く、日本経済の中心であり政治との密接な関係、癒着もありました。

 

財閥の悪しき印象、イメージは今の時代にも少なからず残っており、創作物などの作品において、裏社会や闇、ドロドロとした設定などにされることが多々あるのでしょう。

 

日本における財閥の歴史

 

 

財閥の歴史は古くからあり、日本でいえば16世紀末、江戸時代にはじまりました。

 

①江戸時代 

日本の財閥の歴史は、16世紀末、鴻池家が清酒醸造をはじめたのがはじまりでした。

 

その後鴻池家一族が両替商をはじめ、同族集団で財を得て財閥へと発展していきます。

 

同じ江戸時代に住友、三井の両財閥も誕生します。

 

とくに住友の先祖は平家一門のようで、財閥家系の古さからいけば住友家が最古の財閥と言えます。

 

もう一つの財閥「三井家」の歴史は藤原道長からといわれ武士からはじまり、のちに、その武士を辞め質屋と酒屋をはじめたのが財閥へのはじまりとされています。

 

三井家が頭角を現す三越の原型ともいえる越後屋を開業したのが1673年です。

 

②明治時代

明治時代になるといくつもの財閥が誕生します。

 

そのひとつが安田財閥です。

 

この安田財閥は金融、鉄道、鉱山と事業を拡大しました。現在のみずほ銀行は安田財閥がはじめた安田銀行の流れを継いでいる銀行になります。

 

明治時代は他国との交友がはじまったこともあり、貿易で財を得ていく一族もありました。

 

その代表例が川崎八右衛門財閥です。

 

財閥は、ひとつの分野に固執することなく、幅広い分野で展開していくのが特徴です。コンツェルン型よりといった方がいいでしょう。

 

③大正時代

大正時代になると財閥の傾向も変化していきます。

 

明治末期から大正にかけての財閥を新興財閥と呼び、この新興財閥が出始めてきました。

 

この時代は日中戦争があり、この戦争をきっかけに頭角を現す財閥がおり、その代表が日産、理研などです。

 

 

新興財閥とは軍と組み業績を伸ばし財をなした財閥のことを指します。

 

④昭和初期

昭和時代の財閥は明治時代の軍と密接な関係を続ける流れを受け継ぎながら、変化していきます。

 

昭和の財閥は、技術者である創業者が増えていくのが特徴です。

 

産業関係で関連性のある会社との関係を持ち、また海外市場を視野にいれ進出していく傾向がみられます。

 

その頃の影響が今も根付き残っている国もあります。戦前戦時中に至っては満州がその傾向を強く受けたともいえるでしょう。

 

産業財閥が伸びを見せる一方、これまで財力を持ち続けていた金融財閥の力が低迷していきます。

 

④昭和中期以降

戦時中になると軍用機などの生産が活発になりまた急成長していきます。

 

大正時代から軍と癒着して財をなした新興財閥は戦争状況の悪化、敗戦などをきっかけに衰退していきます。

 

第二次世界大戦後、GHQの政策の一環として財閥解体が行われるまで、江戸から続く財閥の力は続きます。

 

 

⑤財閥解体の実施

日本敗戦後の1945年から1952年にかけGHQの占領政策として財閥解体が行われました。

 

なぜ、敗戦しただけで財閥解体を要求されたのでしょうか。

 

解体理由は、財閥が日本軍国主義の制度を支援したとアメリカ側が考えたからです。

 

しかし、日本の政府は当初、積極的にはなれませんでした。おそらく、今まで日本の経済や政治と密接な関係にあり、解体をよく思わなかったからでしょう。

 

ところが三井財閥などから解体案が出ていたことなどがあり、GHQに日本政府側としての提案をします。

 

GHQの代表であったマッカーサーからの修正が入りましたが、結果的には解体を了承する方向で動き、解体が始まることになります。

 

実は、日本以外にも戦後、財政解体が行われた国があります。ドイツは日本とほぼ時期が同じで戦後の1947年から1951に行われました。

 

 

⑥現在の財閥

財閥解体が行われたのちの日本、今の日本で財閥はどういう立場にあるのでしょうか。

 

21世紀現在、日本に財閥が存在するのでしょうか?

 

する・しないで答えるなら「しない」となります。

 

財閥とは、冒頭に書きましたように「一族である種の分野などを独占する企業団体であるとするなら」という理由付けが必須となります。

 

しかし、財閥という意味でお金持ちということも入るのであれば、財閥と敢えて示さなくてもその部類に入るかもしれません。

 

三井・三菱・住友などは第二次世界大戦終戦まで財閥であり、その流れを汲んではいますが、すでに財閥の定義には入りません。

 

一族が独占している企業団体ではなくなっているからです。

 

世界で見ればまだ財閥の定義が当てはまり存続している財閥がアメリカや韓国にあります。

 

まとめ

 財閥とは一族で特定の分野を独占する企業団体のことを指します。

 財閥は日本の経済を支え、さらには政治との関係もありました。

 金融や産業などで頭角をあらわした財閥がいる一方、戦時中は軍部と密着し富を得た財閥が存在する。

 終戦後、GHQの政策により財閥解体が行われる。

 21世紀の日本には財閥の定義に当てはまる企業団体は存在しません。

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