【リクルート事件とは】わかりやすく解説!!事件の内容・その後の影響について

 

最近汚職事件が頻発して政治家を信用できなくなった人もいるはずです。

 

しかし、昭和の終わりの時にもこのような汚職事件が起きてしまいました。

 

今回はそんな『リクルート事件』についてわかりやすく解説していきます。

 

リクルート事件とは?

リクルート事件とは、1988年(昭和63年)から1989年にかけて暴露された戦後日本における最大の汚職事件のことです。

 

リクルートとは皆さんご存知就職関係で有名な企業であるあのリクルートです。

 

このリクルート事件によって当時の竹下登内閣は総辞職。90年代の自民党の衰退を決定づけ、社会党が躍進するきっかけとなりました。

 

リクルート事件の経緯

①事件のキーポイント!未公開株とは?

未公開株というのは簡単に言うとまだ株式公開していない企業の株のことを言います。

 

このリクルート事件はこの未公開株を議員にあげた理由で大騒動となったのですが、未公開株をあげることによってどんなメリットがあるかと言うと、やっぱりお金を儲ける可能性がとても高いことです。

 

株というのは株式を上場したらほとんどの確率で価値が上がります。そのため議員は未公開株をもらうことによって莫大な利益を得る可能性が非常に高くなるのです。

 

しかし、これはれっきとした賄賂。政治家として一番やってはいけない行為です。

 

②リクルート事件の発端

リクルートの創始者であり、この時のリクルートの社長でもあった江副浩正は、リクルートが政治家に取り入れられて安定した地位を確立することに必死でした。

 

「もしかしたら他社に追い越されてしまってリクルートが潰れてしまうかもしれない!」

 

そう思った彼は1984年から当時の大物政治家や財界の有名人に対して当時まだ未公開だったリクルート社の子会社であるリクルート・コスモスという会社の株をあげ始めてしまいます。

 

当然この行為は不法なものでバレてしまったら逮捕ものですが、江副さんはこの未公開株の取り引きを藤波孝生元官房長官をはじめ100人に対して行いました。

 

そして、1986年にこのリクルート・コスモスの株が株式公開され、ついに一般人でも買えるようになりますが、やっぱりみんなリクルートの子会社なだけあってこの株は人気となり高騰します。

 

あげた人の株による利益は全部合わせて6億円となる金額だったそうです。

 

③汚職の発覚

これによって利益を得た政治家たちはリクルートに対して有利な方向に進めてくれるようになり、江副さんはリクルートの発展を成し遂げるのですが、『悪事千里を走る』というようにこの悪事は2年後の1988年にスクープされバレてしまいます。

 

1988年6月18日川崎駅周辺の再開発のためだとして川崎市役所の人に対してリクルートコスモスの株が譲渡されたということを朝日新聞がスクープ。これによって連鎖的に政治家に対して疑いの目がかけられるようになります。

 

その後、マスコミの後追い取材によって、元首相の中曽根康弘、この時の首相でDAIGOのおじいちゃんでもあった竹下登、のちの首相である宮澤喜一、2018年現在の日本の首相である安倍晋三の父親である安倍晋太郎、渡辺美智雄など約100人の政治家がリクルート・コスモスの未公開株を譲渡され、利益を得ていた受けていたことが芋ずる式で発覚しました。

 

もちろんこの人たちは当時の自民党のトップ級の大物政治家たち。ここまでの汚職は過去例を見ないほどのものでした。

 

こうなったら社会党をはじめとした野党は猛バッシング。自民党の政治家や江副さんを尋問させていきます。

 

しかし、江副さんは尋問をなんとか逃れようとなんと野党の政治家に対しても賄賂を送ろうとします。

 

しかもその瞬間をとった映像が日本テレビのニュースで全国放送されました。

 

この映像には政治家と江副さんの生々しい賄賂のその現場を隠し撮りした映像でそれがお茶の間に流されたというのですから、国民にとったら国民のために動かなくてはいけない政治家がお金を得るために賄賂を受けているという事態をみて激しい怒りと政治に対する失望があったことでしょう。

 

リクルート事件の判決の総理の辞職

 

 

リクルート事件では江副浩正を始め12人が収賄罪で起訴され、江副さんは執行猶予5年の懲役3年を始め起訴された人全員が有罪判決を受けました。

 

しかし、大物政治家たちはみんな不起訴。検察もちゃんと追求することはなくこの事件は終結しました。

 

しかし、不起訴になってもこうなってしまったら辞職せざるを得ないとして1989年竹下登内閣は総辞職。

 

 

(竹下登 出典:Wikipedia

 

 

その後に宇野宗佑が首相に就任しますが、さらにとんでもないことに・・・この人は女性スキャンダルで総辞職せざるおえない状況になってしまいました。

 

リクルート事件による影響

①自民党の衰退とマドンナ旋風

このリクルート事件によって国民は政治家のことを信頼できなくなり、政治不信になってしまう事態が起きてしまいます。そりゃこんな大規模な賄賂が世にバレたらそうなりますって。

 

その結果自民党を支持している人がどんどん減り、自民党はリクルート事件消費税導入農産物の自由化逆風三点セット、さらに宇野総理の女性スキャンダルも相まって参議院通常選挙で大敗。公明党などの連立政権を組まなければいけない事態に追い込まれました。

 

その分野党であった社会党が躍進していくことになります。この頃の社会党は学生運動や連合赤軍のせいでイメージが悪くなっていた時でしたが、この自民党の汚職を激しく追求したことによって1989年の参議院通常選挙で大勝。

 

この時当時の社会党の党首であった土井たか子はこの事を言った『山が動いた』が流行語になったりしました。

 

さらに翌年の1990年にはマドンナ旋風という現象が起き、再び勢力を盛り返していくことになります。

 

②政治改革

このリクルート事件以降、政界ではいかに国民に信用されるかというのが重要テーマとなっていきます。

 

そのため、1990年代に入ると小選挙区比例代表並立制や政党助成金の創始、政治家や官僚たちの資産や年収などの公開が親や兄などの一親等まで拡大しました。

 

また、公職選挙法が改正されて収賄罪のような執行猶予付きの判決を受けても公職を失職させるという規定が作られいくことになるのです。

 

ロッキード事件との違い

(田中角栄首相とニクソン大統領 出典:Wikipedia

 

 

同じ戦後の昭和で起こった汚職事件の一つにロッキード事件というものがあります。

 

よくリクルート事件と間違えやすい事件ですが、この事件はロッキード社という飛行機製造会社が日本の航空会社か自社の飛行機を導入してくれるように日本の政治家に賄賂を贈った事件のことです。

 

この事件によって田中角栄首相は辞職した上に1983年に懲役4年の実刑判決を受けました。

 

リクルート事件とロッキード事件の違いは、ロッキード事件はふつうに政治家に対して現金で賄賂を贈ったのに対して、リクルート事件は未公開株を政治家に贈ったというあげた物が全然違うという大きな違いがあります。

 

しかしどちらにせよ収賄罪なんですけどね。

 

まとめ

リクルート事件はリクルート社の社長が政治家に対して未公開株を譲渡した賄賂事件のこと。

このリクルート事件によって竹下登は辞任。自民党の信用は地に堕ちてしまった。

その後自民党は参議院選挙で敗北。そのかわり社会党が躍進して政治改革へとつながっていった。

ロッキード事件はロッキード社が政治家に対して賄賂を贈った事件。リクルート事件はリクルート社が政治家に対して未公開株を譲渡した事件。